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落書き帳

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2024年 01月 02日

何も書く気など起きない1年 三たび

なんと、またしても昨年の1月2日以降、何も書いていませんでした。

ちなみに以下の文章は1年前に書いたものとほぼ同じ文章ですが、この1年もほぼ同じで虚しい1年でした。

「書くことがない」「書く気が起こらない」というより、最早「毎日寝て起きるだけの毎日」「やらないければならないことを毎日淡々とこなすだけの毎日」。この1年はそんな感じでした。起きなければいけないから、起床時間になれば起きる。出かけないければいけないから、母と私の朝食を手早く準備して、時間になれば仕事に出かける。やらなければならない仕事が山積みなので、毎日目の前の仕事を黙々とこなす。ある程度片付いたところで退社。退社後は母と自分の夕食を作ってかたずけ、風呂に入って寝る・・・。その「寝る時間」も、昨年同様「風呂から上がって母を寝かしつけたら、疲れ果てていつの間にか落ちていた」、そんな毎日。落ちる時間も日によっては9時だったり10時だったりで、以前よりも就寝時間が早くなりました。時々、自分自身の病院や母の病院に通院する。世の中の出来事?たまにネットでチェックするけど、全部自分とは全く無縁な世界。仕事? 昨年や一昨年から一転してまた忙しくなり、その上昨年書いたころよりも人手が減り、上司が以前にもまして頼れない人になったので、負担は大きくなるばかりでお先真っ暗。休めない、残業だらけ、それでも終わらない。何度「蒸発してやろうか」と思ったことか。先が見えない、先のことなど考えられない、「生きなければいけない」から生きている、「やらなければいけないことがある」から、それを黙々とこなしている…。

 よってこの「落書き帳」って、今までなら(自分の身近なことやプライベ―トではなく)、世の中の出来事や関心事を書いてきたけど、「関心事など何もない」ので、書くこともない。多くの思い入れのある有名人が亡くなったとか、スポーツ観戦やケーブルテレビで懐かしいドラマや映画を見たとか、確かに以前なら何か書いたかもしれない出来事でさえ、「書くほどのことでもない」「自分とは関係がない」ので、書かなかった。いや、そのケーブルテレビもすっかり「昭和の懐かしい番組」をやらなくなって、最近ではほとんど見ていない。むしろこの1年は、You Tubeでお気に入りのYou Tuberの動画をチェックするとか、関心のある動画を検索してあれこれ見たりの時間が大幅に増えました。だからといって、ここにその手を話題を書く気にはなれず。コロナが収まったので「放浪しようか」と思ったりもするけど、母が以前より弱っているから休みの日に出かけることもままならず。いったい俺は、何を楽しみに生きているんだろう・・・。

 12/31~1/2、珍しく3連休だったけど、この3日間も「やらなければいけないことをただこなしていただけ」の3日間。母が年末年始は入院していたので「ゆっくりできる」反面「母のために正月料理を準備しなければならない」といった目的もないので、単に引き篭もってだらだら過ごしただけ。しかも1/1に「緊急出勤」までする始末で全く心が休まる暇もない。明日から仕事だけど、特に思うところもない。とにかく「やらなければいけないことをこなしている」だけの毎日。なんか、何のために生きてるのかすら分からないくなった1年間でした。まあ、明日からも同じ。年が変わったからって、なにがめでたいんだよ。しかも初出勤の日から「不安なこと」を抱えての出勤になる、変わらない日常が続くだけじゃないか。もう、どうでもいい、そう思えるようになりました。



# by stakec68 | 2024-01-02 19:52
2023年 01月 02日

何も書く気など起こらない1年 再び

 なんと、昨年の1月2日以降、何も書いていませんでした。

ちなみに以下の文章は1年前に書いたものとほぼ同じ文章ですが、この1年もほぼ同じで虚しい1年でした。

「書くことがない」「書く気が起こらない」というより、最早「毎日寝て起きるだけの毎日」「やらないければならないことを毎日淡々とこなすだけの毎日」。この1年はそんな感じでした。起きなければいけないから、起床時間になれば起きる。出かけないければいけないから、母と私の朝食を手早く準備して、時間になれば仕事に出かける。やらなければならない仕事が山積みなので、毎日目の前の仕事を黙々とこなす。ある程度片付いたところで退社。退社後は母と自分の夕食を作ってかたずけ、風呂に入って寝る・・・。その「寝る時間」も、昨年のログを書いた時点では「きちんと深夜12時頃に布団を出して寝る」状態でしたが、この1年は「風呂から上がって母を寝かしつけたら、疲れ果てていつの間にか落ちていた」、そんな毎日。落ちる時間も日によっては9時だったり10時だったりで、以前よりも就寝時間が早くなりました。時々、自分自身の病院や母の病院に通院する。世の中の出来事?たまにネットでチェックするけど、全部自分とは全く無縁な世界。仕事? 昨年や一昨年と比較すると暇にはなったけど、人手が減り、上司が頼れない人な分、負担は大きくなるばかり。良い同僚、後輩を迎えて、これから好転すると思った矢先に退職していなくなり、お先真っ暗。先が見えない、先のことなど考えられない、「生きなければいけない」から生きている、「やらなければいけないことがある」から、それを黙々とこなしている…。

 よってこの「落書き帳」って、今までなら(自分の身近なことやプライベ―トではなく)、世の中の出来事や関心事を書いてきたけど、「関心事など何もない」ので、書くこともない。多くの思い入れのある有名人が亡くなったとか、スポーツ観戦やケーブルテレビで懐かしいドラマや映画を見たとか、確かに以前なら何か書いたかもしれない出来事でさえ、「書くほどのことでもない」「自分とは関係がない」ので、書かなかった。そうそう、そういえば去年ってサッカー・ワールドカップがあったけど、観戦できたのは日本代表の試合2試合のみ。ドイツやスペインを撃破する歴史的快挙はあったけど、なぜか今一つ気持ちは高揚せず。先も述べたとおり、就寝時間が早くなったので、時差の関係で試合観戦もままならず、「気がつけば終わっていた」感じ。1986年のメキシコ大会以来、欠かさず見てきたワールドカップにさえ、夢中になれませんでした。いったい俺は、何を楽しみに生きているんだろう・・・。

 12/31~1/2、珍しく3連休だったけど、この3日間も「やらなければいけないことをただこなしていただけ」の3日間。明日から仕事だけど、特に思うところもない。とにかく「やらなければいけないことをこなしている」だけの毎日。なんか、何のために生きてるのかすら分からないくなった1年間でした。まあ、明日からも同じ。年が変わったからって、なにがめでたいんだよ。しかも初出勤の日から「不安なこと」を抱えての出勤になる、変わらない日常が続くだけじゃないか。もう、それでいいとさえ思えるようになりました。



# by stakec68 | 2023-01-02 19:50 | 自分自身の話
2022年 01月 02日

何も書く気など起こらない1年

 なんと、昨年の1月10日以降、何も書いていませんでした。

「書くことがない」「書く気が起こらない」というより、最早「毎日寝て起きるだけの毎日」「やらないければならないことを毎日淡々とこなすだけの毎日」。この1年はそんな感じでした。起きなければいけないから、起床時間になれば起きる。出かけないければいけないから、母と私の朝食を手早く準備して、時間になれば仕事に出かける。やらなければならない仕事が山積みなので、毎日目の前の仕事を黙々とこなす。ある程度片付いたところで退社。退社後は母と自分の夕食を作ってかたずけ、風呂に入って寝る・・・。時々、自分自身の病院や母の病院に通院する。世の中の出来事?たまにネットでチェックするけど、全部自分とは全く無縁な世界。仕事?忙しい時期は抱え込み過ぎて「逃げ出したい」「窓から飛び降りたい」衝動に駆られるも、「逃げるのは嫌」なのでとりあえずこなす。夏以降、意外と暇になることが多くなったけど、逆に人が減ってしまって負担が大きくなり、それ故に不安に襲われてまたしても「逃げ出したい」「飛び降りたい」衝動に駆られる・・・。先が見えない、先のことなど考えられない、「生きなければいけない」から生きている、「やらなければいけないことがある」から、それを黙々とこなしている…。

 よってこの「落書き帳」って、今までなら(自分の身近なことやプライベ―トではなく)、世の中の出来事や関心事を書いてきたけど、「関心事など何もない」ので、書くこともない。多くの思い入れのある有名人が亡くなったとか、スポーツ観戦やケーブルテレビで懐かしいドラマや映画を見たとか、確かに以前なら何か書いたかもしれない出来事でさえ、「書くほどのことでもない」「自分とは関係がない」ので、書かなかった。そうそう、そういえば去年って東京五輪があったみたいだけど、「コロナの最中でやるなよ」「俺は家のことや仕事で忙しくて、それどころじゃないんだよ」状態で、関心すら払えなかったので、全く見ませんでした。ニュースをチェックすらしてない。

 12/31~1/2、珍しく3連休だったけど、この3日間も「やらなければいけないことをただこなしていただけ」の3日間。明日から仕事だけど、特に思うところもない。とにかく「やらなければいけないことをこなしている」だけの毎日。なんか、何のために生きてるのかすら分からないくなった1年間でした。まあ、明日からも同じ。年が変わったからって、なにがめでたいんだよ。変わらない日常が続くだけじゃないか。もう、それでいいとさえ思えるようになりました。


# by stakec68 | 2022-01-02 15:44 | 自分自身の話
2021年 01月 10日

恐ろしささえ感じる銀世界


 年明けから相変わらずの激務、そしてプライベートも落ち着かず・・・で全く好転しない、先行きも見えない、そんな中「追い打ち」が。

 1/7から雪が降り出す。もともと関東や関西よりも「雪が積もる」確率の高い北九州市、別に「大雪」「積雪」と聞いても驚きはありませんでした。むしろ仕事とプライべートのこともあって大して気にも留めませんでした。1/8朝から本格的に積雪。それでも「まあ、こんなもんだろう」。ところが「いつもの冬」と違うのは、なかなか気温が上がらない、雪が止まないこと。1/8の19:00、退社しようと外に出る。歩道や車道にはほぼ積雪はない。この日の昼間、少し晴れ間が出たおかげで、少し溶けたらしい。

 しかしここからが「悪夢」のはじまり。私が外に出てしばらくすると雪が降り出す。最初は小雪だったのに、それから5分後くらいには前も見えないほどの大雪に。バス停で15分弱立っていたけど、バスが来る頃には当たり一面銀世界。おいおい、ここはどこ? 以前住んでいた札幌を思い出すほどの光景。まあ、北九州でも「わずか15分で銀世界になる」って光景は過去に見たことはあったけど、今までと違うのは「一向に止む気配がない」ということ。バスを乗り継いで自宅最寄バス停で降車するまで2時間(通常なら1時間少しで辿り着ける)の間、全く止まない、降り続ける。最早「銀世界」というより「雪に埋もれた街」状態。札幌や函館は降雪量は決して多くないので、ここまでの景色は見たことがない。むしろやはり以前住んでいた松本市など、本州の「雪国」で目にしたことが何度かあったような世界。いや、ここって本当に北九州? 最寄バス停から自宅まで徒歩15分(いつもなら5分強)の道のりを歩きながら「恐ろしい」と何度も何度も呟いてしまいました。

 明日1/9も出勤だけど、果たして通勤できるのか・・・。基本、天候が荒れてもJRはすぐ運休する反面、バスは運休しない。台風、豪雨でもいつもそう。バス通勤の私には影響なかろう。ところが1/9の朝、普段より早く目が覚めたので外を見る。昨日の夜以上の「恐ろしい世界」になっている。念のため西鉄ホームページを見る。「全路線運転見合わせ」とある。大雨や台風には強くても「道路の凍結」には勝てないということか。以前、台風直撃でバスが止まった時、一度だけタクシーを使ったことがある。タクシー会社に電話する。「予約は今は受けられない、ドライバーが出勤する頃にもう一度連絡ください」「じゃあ、何時頃に連絡すればよいですか?」「分かるわけないでしょ!」あまりにひどい電話応対に唖然。要するに「ドライバーが出勤しないと予約受けられない」ということなんだろうけど、だったら「ドライバーが出勤していないので予約受付は出来ません」と言ってくれた方がはるかに気持ちいいのに…。これはもう、出社は諦めるしかない。昨年の4月から在宅勤務できるシステムが導入されたので、一旦在宅勤務することにした。ただし、どうしても今日中に出社しないとできない業務もあるので、昼頃にはバスも動き出すだろうから、それから出社すればよかろう。

 昼過ぎにようやくバスが動き出したので出社。しかし2時間以上も移動にかかってしまう。そして着いたのはいいけど水道凍結と停電。これは長居はできないと、やるべきことをバタバタ済ませてまた自宅へ移動して在宅勤務。すべて終わったのは移動に時間がかかったこともあり、夜の9時過ぎでした。ちなみに会社から自宅に戻る頃には雪は止んでいたけど、低温のため道路凍結。まるでスケート場のよう。自宅最寄バス停から自宅まで歩いて20分以上もかかってしまいました。

 そして今日は休み。朝起きたけど外の景色は昨日までと変わらず。今日の昼間に気温が上がってくれればいいけど、もしも変わらなければ明日出勤する頃もまだ道路がツルツルということでしょうか。それを思うと恐ろしくてたまりません。ただですら「仕事が大変」「プライベートも大変」な時にこれでは「追い打ち」です。もう「死ね」とでも言っているのか? と言いたくなるけど、この怒りをぶつけるところもない。思わずここに書き殴ってしまいました。テレビをつければ東京のコロナのことばかりだけど(もちろん大事で大変なのはわかります)、この「大雪」で困ってる者も多数いることは、もっと報道して欲しいと思わずにはいられません。この「偏り」に納得がいきません。まだ北九州なんてマシなレベルで、北陸や東北は深刻だろうに…。


# by stakec68 | 2021-01-10 11:01 | 自分自身の話
2021年 01月 01日

何も書く気など起こらない時代・・・・

一体何か月ここを放置してしまったでしょうか? とにかく何も書く気がしません。

2020年は「喪失感」しかない1年でした。私自身の仕事は相変わらず忙しい。それはこのご時世には有り難いことなのかもしれないけど「自分の時間」を作る余裕もない。家に帰っても全く気持ちに余裕がない(すみません、「プライベート・ネタには触れない」ポリシーを貫こうと思えば、ここでは触れることができません)。ケーブルテレビから「昭和の懐かしい番組」は消え、近隣諸国のドラマや2時間サスペンスの再放送の垂れ流しで地上波以上につまらない。ロックや音楽もBGMとして楽しんではいるけど、「気分」が復活する気配ももうない。スポーツ・テレビ観戦したいところだけど、コロナの影響でほとんど試合もない。

世の中はコロナ渦のため、今まで当たり前に出来たことが出来ない。私が行き詰った時の気晴らしの手段といえば「放浪する」ことだったけど、とてもこんな世の中では「放浪」どころか「外出する」気にすらなれない。外食も怖くて出来ない。

そして志村けん、渡哲也の逝去にショックを受けたことまでは何とかここに書くことが出来たけど、その後、筒美京平、マラドーナ、小松政夫の立て続けの逝去。今名前を挙げた著名人は、単に「好きだった人」というより、私が今まで生きてきた中で、大変な影響を受けた人たちで、「自分の人生の一部」といっても過言ではないほど大きな存在。志村けん&小松政夫は私が幼少頃、毎日楽しみにしていた、真似もした、そんな大きな存在。筒美京平、物心ついた頃に家になぜかあった「また逢う日まで」のレコードを聞いて「流行歌」というものの存在をはじめて知った、小中高校、最も多感で流行りもの邦楽に夢中だった頃に「当たり前のように気がつけばそこに流れていた」メロディを生み出した人。逝去のニュースを見た瞬間「日本の音楽は死に絶えた」と呟いてしまいました。マラドーナ、1986年のワールドカップを夜更かしして見たことで「サッカーの素晴らしさ」を初めて知らされた人。全部「好きだった人」なんてレベルじゃなく、「自分の人生の一部」のような存在。そんな存在が「失われていく」、なんか、自分自身の大事な部分が奪われていくような感覚を覚えました。

12月31日まで出勤、帰宅後、ぼんやり一人で過ごすうちに年明け。今日の元旦、ひとりで2人分のおせち料理を食べる。3日から出勤、一体何をやっているのやら…。気分転換も出来ない、世の中もコロナ渦で先々どうなるかも分からない、プライベートも(書けないが)不安だらけ。楽しみもない。仕事だけが忙しい。とりあえず目の前の仕事をこなす、毎日起きて寝る・・・。生きていかなきゃいけない。そんな今日この頃。当然、ここに書くネタなんて何にもありません。次ここを更新する頃には、ひとつぐらい好転していればいいんだけど。



# by stakec68 | 2021-01-01 20:22 | 自分自身の話