「ほっ」と。キャンペーン

予想以上に立派でキレイな「ミクスタ」

 カテゴリーは「地元」にしたけど、半分くらいは「スポーツ・ネタ」、っていうか、最近こういうのが多い気がしますが・・・・。

 この数年ずっと建設工事が続いていた地元のサッカー・チーム、ギラヴァンツ北九州の新しいホームグランドになる新スタジアム=通称ミクスタが昨日遂にオープンしたんだとか。肝心のギラヴァンツがJ3に陥落して「残念なオープン」になってしまったけど、オープン後最初の試合は実はラグビーの試合。今年がスーパー・ラグビー参戦2年目になるサンウルヴズvsトップ・リーグ選抜のチャリティ・マッチ。チャリティ・マッチと言えども、いわばサンウルヴズの壮行試合みたいなものだし、対するトップ・リーグ選抜も日本代表の選手や代表には手が届かないけどトップ・リーグで活躍した選手ばかりからなるチームなのでレベルもサンウルヴズと遜色がない。例によってJ-Sportsで録画とはいえ中継が行われていたので「ラグビーの試合が見たい」気持ち半分、「市が多くのお金=税金をつぎ込んで作った新しいスタジアムがどんな出来栄えなのかを見たい」気持ち半分でテレビ観戦しました。

 しかし新しいスタジアムなので「キレイ」なのは当たり前だけど、「新しくてキレイ」なだけでなく、純粋にフィールドもスタンドも実にキレイ。2002年のサッカー・ワールドカップに合わせて大きくて新しいスタジアムが日本中にいっぱいできたけど、全部ではないけど「近未来の建造物」のような、キレイだけど無機質で味気ないのが多いというのが正直な感想。それらと比べると大きくはないかもしれないけど、「見栄えが良い」。バックスタンドの向こうにはすぐに海、海の向こうには門司区の風師山や関門海峡の向こうの下関まで見える。サッカーやラグビーの中継のテレビの映像はメインスタンド側から撮った画が中心になるけど、常に画の中には海が映っていて、そういう意味でも「キレイ」に見える。「キレイ」というより「美しい」スタジアム。いや、想像以上にいいじゃないか。さらに試合後のセレモニーの後、観客がスタンド最下段まで降りてきて選手たちにサインを求めている映像もあったけど、随分スタンドとフィールドが近い。きっと現地で見ると臨場感があるだろうし見やすいんじゃないか。その点でも「ああ、いいスタジアムだな」と。市民としては、多額のお金が使われているわけだから、「大きくて立派だけどなんか微妙」なものが造られたら怒りを感じずにはいられなかったところだけど、こんなきれいで素晴らしいものになったのであれば、「よかった」と思わずにはいられません。

 試合の方はチャリティ・マッチとは思えないほど両チームとも熱くて、見せ場も多くて、非常に楽しく、面白い試合でした。特にポジションの重なる地元・北九州出身のベテラン・山田(TL選抜)と期待されている若手の中鶴(サンウルヴズ)の激しいマッチアップが見ていて面白かったです。サンウルヴズも田中らが参加、去年以上に日本代表とメンバーが遜色なくなりつつあるので、昨年よりはやってくれるんじゃないかと思います。試合後の選手と観客の「触れ合い」もよかったし、「こけら落とし」ということで観客もほぼ満員だったしで、「興行」としては成功だったんじゃないでしょうか。

 ただ新スタジアムのある小倉駅北口って昔からそうなんだけど、海が近いせいか、いつの季節も、天気の良い日も悪い日も強風が吹いているイメージ。そのせいか、距離の短い、正面からのPGやコンバージョン・キックが何度も風に流されて外れるシーンがありました。晴れている日でもこれだとしたら、もしも雨でも降ろうものならもっと風が強くなるはず。雨の日に傘をさしてこの辺りを歩いていた時、傘が吹き飛ばされそうになったことが何度あったことか。それを思うと、確かに見栄えの良いよいスタジアムだとは思うけど、立地的にはどうなのかな? と思わなくもありません。まあ、まだ1試合だけなので分からないけど・・・。

 あとせっかくの素晴らしいスタジアムなのに、肝心のギラヴァンツがJ3スタートというのも寂しいところ。J1に上がれていたら言うことなしだったんだけど、せめてJ2残留していれば・・・。果たしてサッカーの試合でも同じように今後も満員になるのかどうか。今後もサッカーだけじゃなく、ラグビーなどほかの競技の試合やイベントなどにも活用すべきでしょう。それだけの価値のある良いスタジアムだと思うから。

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# by stakec68 | 2017-02-20 00:29 | 地元

3年ぶりに見ることが出来た、成長した「スマイル」

 3年前のソチ冬季五輪の際にこんなもの(こちら)を書きました。今まで全く見たことのなかったアイスホッケーだけど、はじめて自力での五輪出場を果たした女子日本代表=スマイル・ジャパンの試合を見て、競技自体の面白さに惹きつけられ、同時に恵まれない競技環境の中にあってもポジティヴに、笑顔を忘れずに健気に頑張っている選手たちの姿にも惹きつけられたと。だけどあの時は強豪国に善戦はしたものの全敗。「こんなに試合が面白くって、選手たちも魅力的なら機会があれば今後も試合を見たい」、そう思ったものの、結果が伴わなかったことも災いしてか、全く報道されることもなくなってしまいました。試合は地上波はもちろん、スポーツ専門チャンネルですらやってない。なのであれ以降「もっと試合を見たい」と思いつつ、一度も見ることなく3年がたってしまいました。

 ところが今年は翌年に冬季五輪が控えることもあって、ようやく(細々とではあるけど)女子日本代表に関する報道が増えてきました。五輪予選は4チームの総当たりで、トップの1チームのみが五輪に出場できるという厳しいもの。しかも同じ組には前回の五輪で大敗を喫した相手、ドイツもいる。これはなかなか厳しい。でも今では日本は世界ランク7位に上がっているらしく、報道はあまりされていないけどレベルアップしているらしい。「バイト生活をしながら」の厳しい環境は多少好転し始めたようで、正社員として働いている選手も増えたよう。キーパーの藤本をはじめとして、カナダや北米のプロチームに入って、よりレベルの高い環境で揉まれた選手もいた様子。メンバーも前回の五輪の主力、エースの久保、若きキャプテンの大澤、床姉妹、あの頃最年少の高校生だった浮田、そして私が3年前「もろタイプ」とした足立(前回五輪後結婚したらしい・・・)ら大半が残っていて、前回全敗の雪辱を晴らしたい一心で頑張ってきたらしい。それに若い新しい選手も出てきているし・・・。あの純粋にひたむきに、笑顔で頑張る選手たちの姿を久しぶりに見たい。そして前回よりレベルアップした姿を見たい。時間的に家にいない時間の試合ばかりだったので、3試合とも録画予約して帰宅後にネットなどの結果を見ないようにしてテレビ観戦しました。

 初戦のオーストリア戦は6-1の完勝。こんな「強いスマイル・ジャパン」の試合は前回五輪でも見ることが出来なかったので、ちょっと驚いたくらい。第2戦のフランス戦も4-1で勝利。体格に勝る相手に激しく当たられても全くひるまない。前回の五輪の時は「体格負け」して激しく当たられると簡単にパックを奪われたり、転倒したりしていたものなのに、明らかにフィジカルも強くなっていると感じました。健気に前向きに、笑顔で頑張る姿は前回と変わらないけど、明らかにたくましさを増した姿に感動。最終戦のドイツとの対戦「勝った方が五輪出場、負ければ出場できない」大事な一戦。さて、前回の五輪本番で大敗した相手、ここが正念場だなと。

 やはりドイツは強くって、過去の2試合のようには簡単にはいかない。しかも第1ピリオドで相次ぐ反則で合計4分も一人少ない不利な状態が続く。その間も激しく攻め立てられけど、粘り強くしのいでこの4分間を無失点でしのぐ。うん、やっぱりたくましく、強くなったなあ。そして2-1のリードで迎えた最終第3ピリオド、実況や解説は「あと20分凌げば五輪出場」と浮かれているけど「たった1点のリードでは怖いなあ」としか思えず、むしろ嫌な予感も。だけどドイツの捨て身の怒涛の攻撃を凌ぎ、逆に決定的な3点目をエースの久保が決める。思わず「よし」と大きな声を上げてしまいました。その後も凌いで逃げ切って3-1で勝利。何度も何度も繰り返すけど、明らかに3年前より一回りも二回りもたくましく、強く成長したなあと感心させられました。

 そしてそんな激しい試合内容とは真逆に、明るくはじける笑顔が眩しく感じられる試合後のセレモニーやインタビュー。このギャップもこのチームの魅力。明るいけど、下品でチャラい騒ぎ方をしたり、浮かれたりしないのもこの人たちのいいところ。考えてみれば北海道出身の選手が多いわけで、私の好きな「北海道女子」のイメージそのもの。監督だけじゃなく、協会のお偉いさんやチームのスタッフまで胴上げする姿には感動でした。だから見ていて素直に応援したくなるし、清々しい気分にしてくれる。メンバー同士仲がよさそうなのもいいし、見ていて爽やかな気分にさせられるし、アスリートなのに見ていて癒される。強くたくましくなったけど、その姿は3年前と変わらない。そのことには安心したし、今後も応援したいなという気持ちにさせられました。3年前はスマイル・ジャパンという名称に違和感を覚えたけど、今では全く違和感がなくなったし、むしろこの人たちに似合ったネーミングだなと思います。来年の冬季五輪、開催地が開催地なのでいろいろ不安がないこともないけど、まずは五輪での初勝利と、できれば「その先」も期待せずにはいられないところです。

 あとお願いします、もっと多くの試合、テレビで見たいです。オリンピックの時だけでなく、もっと中継、やってください。地上波では無理なら、J-Sports様あたりに頑張って欲しいんだけど。

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# by stakec68 | 2017-02-13 17:49 | スポーツ・ネタ

いつの間にやら「ロケの街」? でもちょっと残念

 このところ某刑事ドラマの新作映画が公開ということで、あちこちで話題になっている様子。しかもロケ地として地元・北九州が使われたので、福岡ローカル局でも大々的に取り上げられています。正直、昭和の時代の刑事ドラマが大好きだった私だけど、この某刑事ドラマは何度か見たけど好きになれませんでした。主役の俳優は昭和な頃に演じたちょっと軽薄なキャラクターの方がはまり役だと思っているので、あのキャラクターに違和感しかないし、ストーリー的にも私の趣味ではないし。

 またこの映画に限らず、地元・北九州では「北九州を映画やドラマのロケ地として積極的に誘致しよう」と動いている団体があるので、この10年ほど公開された映画やドラマで北九州でロケを行った作品が非常に多くなっています。いくつか映画の専門チャンネルなどで見たけど「へえ、あの見慣れた景色がこんな風に使われるとは」と興味深く見ることが出来ました。また「工業の街」のイメージや、悪く言えば「ガラの悪い街」のイメージを一新して新しい街の「売り」にするために積極的にロケを誘致して「ロケ地の定番」として売り込みたいという動きは、決して否定するものではありません。いや、むしろ「よいこと」だと思います。だけど「地元に住む者」としては、少しだけ「残念」と思うこともあります。それは・・・。
 
 実は2007年か2008年頃に私は、自宅の近くである映画のロケに出くわした体験をここに書いたことがあります。その時は映画の名前を本文に書いたがために、キーワード検索で飛んでくる人が1日に50件以上もあったので「ああ、書かなきゃよかった」と思って数か月後に削除しました。なので敢えて今回は映画名を書かずに、その時受けた「残念な体験」を書きます。

 その日は朝5時頃出勤の変則勤務で、昼の3時過ぎに退社、夕方4時頃自宅近くのバス停に着くバスに乗車して帰宅しました。慣れない時間に起きて無理して出かけたせいか、少し疲れて、しかも少し体調も悪い中の帰宅、「大病」からの「生還」からまだ1年くらいだったので早く帰って寝なきゃ、安静にしなきゃ、そんなことを考えつつ最寄りのバス停でバスを下車したんですが…。

 なぜか下車したバス停、普段よりもずっと手前に移動している。おいおい、気分悪いのに普段より長い道のりを歩かなきゃいけないのか。よく見ると道路にロープが張られ、ロープの向こうに赤色灯が点滅しているパトカー、護送車、救急車が大量に停まっている。おいおい、まさか事件? 事故? テロ? 怖いなあ。よく見るとそこに看板が立っていて「映画ロケのため通行禁止」とある。まあ「通行禁止」といっても、車だけでしょう。当然歩行者は通れるだろう。カメラも回っておらず、多くの人がコンビニの駐車場で弁当を食べるなど休憩してる様子だし。そう思って通ろうとしたところ、揃いのジャンパーを着て腕章をした男に呼び止められる・・・。

男「通行止めですよ、書いてるでしょ」
私「あの、ここ通らないと家に帰れないんですけど」
男「通れないものは通れません、回り道してください」
私「回り道すると徒歩で30分以上もかかるんですよ(普通に通れば15分弱)。ちょっと体調も悪いし、大きな病気したばかりだし、すぐに通り過ぎますから、通してもらえませんか」
男「だから通れないって!! 」
私「じゃあ、体調悪いのでタクシーかなんか呼んでくれません?」
男「分からん人やねえ、はい、行って行って(犬でも追い払うような仕草)」

・・・こっちは冷静に丁寧に、下手に出て対応しているのに、なんでこんな態度? 逆切れしてる人に切れ返しても仕方ないと思ったので仕方なく遠回りして帰りました。しかし「ご迷惑をおかけします」「申し訳ありません」の一言もないのが信じられません。まだ「大病」後1年程度、何かあったら責任とれるの?

 正直、私自身は「街のイメージアップのために積極的にロケを誘致する」という行為自体は悪くないと思うし、むしろ良いことだと思っています。でもそのために「地元の普通に生活している人」を排除するやり方は支持できません。私はそのロケ地の「近所の人」だし、ロケ地は「生活道路」なのに、そこから「排除」されたことに納得できませんでした。「人の生活圏に入り込んできた」のはそっちじゃないか。地元の人が歓迎できる、調和できる、そんな形でのロケが理想でしょう。あんなやり方で「ロケ地」として撮影を招致するのは「なんか違う」と思うんだけど…。ちなみにその映画も後年、ケーブル局の映画専門チャンネルで見ましたが、内容云々とは無関係に、見ていても後味が悪かったものです。

 きっとこれからも地元でロケした映画が多く公開されることでしょう。だけどなぜか「映画のロケがある」「北九州でロケした映画が公開される」と言われても、私はあの時の体験から何となくモヤモヤした気持ちにさせられます。きっとあの日の私のように「強制排除」された地元の人がいるんだろうな、そう思わずにはいられません。

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# by stakec68 | 2017-02-10 17:30 | 地元

ジワジワ来る訃報2つ・・・

 うーん、ジャンルを「テレビ・芸能」にしたけど、半分は「スポーツ・ネタ」。

 この数年「物心ついた頃からごく当たり前に見ていた人」や「ロック気分だった頃に親しんできたアーティスト」の訃報が相次いで、そのたびにショックを受けてきた私。まあ、自分自身ももう40代後半なので、当たり前といえば当たり前なんでしょうけど、「どんどん時代が変わっていく」「『俺の時代』が遠くなっていく」ことを実感させられます。つい先日も松方弘樹のような「大物」の訃報もありました。ただ思い返してみるとこの人が出ていた番組はそれほど多く見ていないので「ショック」というほどではありませんでした。むしろ私が喪失感を感じたのは「当たり前のように子供の頃からテレビで見ていた顔」と「日本のサッカーがプロ化する前のサッカー中継で頻繁に見た解説者」の訃報の方でした。

 もう随分前になるけどこんなもの(こちら)を書きました。幼稚園~小学校低学年の頃=1975年前後平日の朝に放映されていた「ロックでクレイジーな子供向け教育番組」こと「カリキュラマシーン」、本当に大好きでした。つい先日も某動画サイトで偶然この番組の動画を発見、久しぶりに見てその「狂いっぷり」に驚きつつ大笑いしたばかりでした。その「カリキュラマシーン」でとぼけた味を出していた「インチキおじさん(当時私はそんな風に見ていました)」藤村俊二の訃報を目にしました。同じ「昭和9年会」の大橋巨泉や愛川欽也も既に故人なので驚きはしなかったけど、とても寂しい気持ちになりました。その後も「ぴったしカンカン」ではいつも正解が分かっていながらわざとボケたり焦らしたり、「なるほどザ・ワールド」では荒井注とコンビを組んでとぼけた回答を繰り返したりしていて、私の中では「とぼけたクイズの回答者」というイメージでした。でもとぼけてるけど、なぜか品があってオシャレで、決して出しゃばったりはしない。実は本職は振付師だということ、知ったのは1990年代に入ってからでした。正直言って特に思い入れのあった人でもないけど、子供の頃から当たり前のようにテレビで見ていた顔。決して派手ではないけど、絶対に他の人には出せない味がある人。だから今回の訃報聞いた時「ああ、寂しいなあ」というジワジワ来るような喪失感を味わいました。

 そしてもう一人。私がサッカーを見るようになったのは、1980年か1981年頃だったと何度か述べてきました。でも当時はサッカーなんてマイナー競技だったので、中継なんてほとんどない。あるのは元旦の天皇杯の決勝、高校サッカー、日本代表の試合(キリンカップ、オリンピックやワールドカップの予選)、トヨタカップ(クラブ・ワールドカップの前身)くらい。あとは地味に深夜にやっていた、当時は日本代表とは全く無縁だったワールドカップの中継、そんなもの。そしてサッカー中継の解説者といえば、松本育夫と岡野俊一郎の2人しかいない。どの中継を見ても出てくるのは2人。だからJリーグ開幕前のいろんなサッカーの名場面を思い出す時、いつも2人のいずれかの解説が聞こえて来るかのよう。サッカーなんて報道される機会もほとんどなかったから知識も乏しく、だからこそ2人の解説のおかげでサッカーの楽しさ、面白さを知ったし知識もついたものです。その2人のうちのひとり、岡野俊一郎氏の訃報を聞いた時、やはり私は「ああ、もうあのJリーグ開幕前のサッカー中継を見ていた頃も遠くなってしまったんだな」と寂しい気持ちになりました。もちろん岡野氏といえば、その後はサッカー協会やJOCの要職も務めた人なので、訃報にあたってそのあたりの功績が語られているようですが、やはり私にとっては「あの頃最も馴染みのあったサッカー解説者」というイメージが強いです。

 というわけでジワジワと寂しさを感じずにはいられない2つの訃報でした。

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# by stakec68 | 2017-02-06 00:21 | テレビ、芸能

ネガティブ・スプリット

 1980年代からずっとマラソンが好きでよく見ていた→でも男子は1990年代末から、女子も2000年代後半から世界で通用しなくなってガッカリさせられっぱなし、ここ数年いつも述べています。実際、2010年代以降は「2時間以上もつき合わされた挙句ガッカリさせられるのは時間の浪費」にしか思えなくなってきたので、以前ほど積極的に見ることもなくなりました。「たまたま時間が合えばお付き合い程度で見る」くらい。そんな昨日の日曜日の昼間、大阪国際女子マラソンが行われていました。たまたま休みだったし天気が悪くて外出する気もしなかったので、「どれ、見てみるか」と。女子の場合は男子ほど「絶望的」な状態ではないし、この数年新しい世代の選手も出て来つつあるので「ひょっとすると突然変異的に新しい若い選手が出てくるかもしれない」とかすかな期待を抱きつつ・・・。特に昨年この大会で福士に果敢に食い下がった資生堂の竹中理沙、先日述べた選抜女子駅伝北九州大会でもお馴染み(今年は出場しなかったけど)の九電工の加藤岬、この2人はひょっとしてやってくれるのではないか、またそれ以外の思わぬ無名選手の躍進もあるんじゃないか。

 なんでも陸連は瀬古や山下佐知子の提案で今回から「前半はゆっくり、後半一気にハイペース」なネガティブ・スプリットを奨励、ペースメイカーにもそうしたスピード配分を指示したんだとか。まあ、考え方自体は正しいと思います。近年では「タイムがいい選手=強い」「タイムが悪い選手=弱い」とされがちだけど、私はマラソンの強さはタイムだけでは測れないと常々思っていました。どんなにベストタイムがよくっても、駆け引きの上手さ、仕掛けどころを読む勝負勘などがなければ、「速い選手」にはなれても「勝てる選手」にはなれない。またテレビで観戦しているだけの私のような者から見れば30キロ過ぎ、多くの選手がバテていくレース後半にグングンとペースを上げて、圧倒的なスピードで引き離していく選手を見た時に「ああ、強いなあ」と感じられるのも事実。私の中では、女子で言えば2007年の東京国際女子、30キロ過ぎの市ヶ谷のダラダラ続く坂で急激なペースアップを見せて、食い下がる選手を一人、また一人と振り落として圧勝した野口みずき、2000年の名古屋国際女子で20キロ過ぎに後続を引き離して独走態勢に入った後、逆にグングンとペースを上げてそのままゴールまで駆け抜けた高橋尚子などがまさにネガティブ・スプリットといわれて思い出す場面です。もちろん私は「今の日本人選手は早めにレースを『破壊』して逃げ切るしか勝ち目がない」と思っているけど、でもやっぱり、ネガティブ・スプリットを刻める選手こそが真に強い選手だと思うし、そんな選手に出てきて欲しいというのも本音です。

 「どうせガッカリ」「いや、でも若くて生きの良い新しい選手に出てきて欲しい」そんな気持ちで見守った今回の中継でしたが…。いくらペースメイカーが「前半はゆっくり」という「公約」を破って「暴走」したからといって、それについて行けずに脱落していく有力選手。いや、今の世界大会ではアフリカ勢が常に急激なペースの上げ下げで揺さぶるのが常識。だからこれくらいの「揺さぶり」で脱落するなんてひ弱すぎる。そんな中暴走したペースメイカーについていった加藤岬、堀江美里、吉田香織も後半大失速、まさかの後ろから追い上げてきた、キャリア的にも今日のレース的にも「もう終わった」と思っていたロンドン五輪代表の重友がトップに追いつき、追い越して、そのまま優勝。中継のアナウンサーや解説陣は「見事な復活」「後半よく追い上げた」と絶賛するけど、私としては「力が抜けた」結果でした。「新しい選手」どころか「前の世代の人」の優勝、しかも「ペースメイカーの急激なペースアップについて行けず一旦沈んだ後、前が落ちてくるのを拾って優勝」という内容も「なんだかなあ」という感じ。「若い新しい選手が2時間21,2分台で優勝、急激なペースアップにも負けず食い下がり、後半は一気にスピードアップしての逃げ切り」を期待しただけに、見事な肩透かしでした。ああ、これじゃあしばらく「入賞すれば上出来、普通に走れば20位前後」な状態が続きそうです。しかし加藤も竹中も、もっとやれると思ったんだけど…。

 あとフジテレビ系列の関西テレビの中継、ようやくタレントを起用しなくなったのはよかったけど、大阪城公園内でかかるアルフィーが復活、醜い実況、メイン女子アナの段取りのグタグタ、解説者が多すぎ、CM多すぎ・・・。スポーツ中継が一番醜いのは日テレだけど、ことマラソン中継に関しては、ロンドン五輪の時も感じたけど、フジテレビ系列が一番下手クソ。それから解説者、野口みずきの解説が声も聴きとりやすくて、しっかり分析もできていたし、悪くなかったと思います。一方で相変わらず空気の読めない個人情報漏洩だらけの増田、完全に浮いていたし、もう使わない方がよいのでは? 「暑いから疲れたんでしょうね」(増田)、「これくらいで暑いなんて言ったら、東京(五輪)はどうするんですか」(高橋尚子)・・・、ダメな選手に「ダメ」といえない解説者は解説者じゃないし、こういう甘やかしが日本のマラソンを弱くしている元凶なんじゃないか、本気でそう思いました。こういう「無駄情報で楽しませる」「選手に優しすぎる」解説は、今の時代にいりません、合いません。しかし男女ともまだまだ「暗黒時代」が続くんでしょうか。「ネガティブ・スピリット」で勝ち切ることのできる選手、そんな選手が本当に現れるんでしょうか。

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# by stakec68 | 2017-01-30 23:49 | スポーツ・ネタ

終わって欲しくない1月の地元の風物詩

 カテゴリーを「スポーツ・ネタ」にしたけど、「地元」でもよいのかも。

 1月の第4日曜日といえば、北九州市では「選抜女子駅伝北九州大会」なる駅伝が行われる日です。駅伝の大会は多いけど、実業団チームと高校のチームが同じコースで同時スタートする大会というのも珍しいはず。もっとも社会人は5区間、高校生は6区間なので、「一般の部」と「高校の部」と別々に順位がつけられますが。第1回大会は私が大学在学中=地元を離れる前の1990年に行われました。当時は九州にも実業団のチームが多くて九電工、TOTO、十八銀行など今も健在なチームの他、宮崎の沖電気、福岡のベスト電器、そして当時全盛期の松野明美の在籍していた熊本のニコニコドーなどが参加、さらに九州以外の実業団のチームも多く参加して盛り上がっていたものでした。特に松野明美はバルセロナ五輪代表になる、ならないで騒がれていた時期だったので、「松野が来る」というので盛り上がっていた記憶があります。自宅からの徒歩圏内がコースになっていたこともあって、まだ元気だった母が見に行ったことも覚えています。私はせっかく出かける予定だったのに、交通規制がかかっていて出かけることが出来ずに「ウザい」と思った記憶がありますが。

 その後1992年4月に就職して地元を離れた私。以降は九州ローカルの大会ということもあって、この大会に関するニュースも全く伝わらなくなりました。それどころか1990年代末にはこんな大会が地元で開催されていることすらすっかり忘れていました。その後、2001年の10月に地元に戻った私、2002年に年が変わると同時に、普段通勤でバスに乗って通り過ぎる道に「交通規制のお知らせ」の看板があちこちに立てられているのを発見しました。よく見ると「選抜女子駅伝のため」云々とある。ああ、そういえばそんな大会、あったっけ。へえ、まだやってたんだ。そこでようやくこの大会のことを思い出しました。

 出場チームを見ると九州の沖電気、九電工、TOTOなど九州のチームだけではなく、当時売り出し中だった渋井陽子のいる三井住友海上、多くのマラソンランナーを輩出した大阪のダイハツなどの強豪チームも。沖電気にはシドニー五輪1万メートル代表だった川上優子もいるし、メンバー自体も豪華。ちょうど2000年シドニーの高橋尚子金メダル~2004年アテネ野口の金の間の時代、日本女子長距離全盛期だったのでメンバーも揃っていたし「ローカルな大会」のわりには盛り上がりました。翌年以降も坂本直子のいた天満屋とか、弘山晴美や嶋原清子のいた頃の資生堂とか、福士加代子のいたワコールが来た年もあったし、まだブレイク前の小林祐梨子や新谷仁美、今ではすっかりタレントになってしまった湯田友美などを目近で見たこともありました。別に「観戦に行こう」という感じじゃなく、「ちょっと出かけたら偶然やってて、近くを通りかかった」という感じですが。「ここで見た選手がいずれ世界で活躍するかも」、2007,8年頃まではそんな期待を持っていたもの。テレビは地元のみ録画中継をやってるけど(今も昔も)、「見慣れた道や景色がコースになっている」こともまた、この大会をテレビ観戦する上での楽しみだったりします。

 ところが2010年代に入った頃から、実業団の女子陸上部が激減していることもあり、参加チーム数も激減。しかも九州以外のチームの参加も激減、今では地元の九電工、TOTO、十八銀行とあとはほんの数チームが参加するだけに。むしろ高校の部の方が出場チームが多くなりつつあって、「この大会、大丈夫か?」という気分になってしまいます。もともと1週前が都道府県対抗駅伝、1週後が大阪国際女子マラソンなので「チームも選手も集まりにくい」大会だったのは事実だけど、正直言ってかなり寂しい状態。そして昨年は大会当日、地元ではめったにないほどの大雪、積雪のため大会中止。ひょっとしてこのままフェイドアウトしてなくなってしまう? と心配してたんだけど、無事に今年も開催されました。相変わらず参加チーム数が少なくて寂しい状態だったけど、実業団チームと対等に競う高校生、19歳、20歳の若い選手だらけながら健闘したTOTO、7人抜きを演じたユタカ技研の宮田佳菜代など、若い選手の活躍が目立ったのは収穫でした。まあ、小出義雄氏が「高橋尚子以来の逸材」と推すユニバーサルの鷲見梓沙がアンカー区間で大逆転を演じたあたりは素質を感じる反面、「小出が推すと故障で短命に終わる」のをこの10年、新谷、小林他、何人も見てきたので「大丈夫か」という疑いの目を向けてしまいますが。

 時として「交通規制で出かけにくくなるのでウザい」と感じることもある反面、せっかくの歴史のある大会なので「これからも存続して欲しい」と願わずにはいられません。まあ、コースも短いから交通規制があっても半日=午前中だけだし。あと普段はウザい増田明美の「小ネタ解説」も、出場チームが少なくってまったりしている今のこの大会にはむしろ合っているように思います。大きな大会だと「いらん、そんな情報」「今関係ない」「黙れ」となるけど、逆に「間を持たせる」にはピッタリのような。

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# by stakec68 | 2017-01-23 16:52 | スポーツ・ネタ

敷居が高くなった? 20年来の行きつけのチェーン店

 ジャンル「社会」にしたけど、「自分自身の話」なのかも。

 表のサイトを立ち上げた1998年頃、私は千葉県柏で一人暮らしをしていました。その頃はまさに「極貧」状態で、外食する際にも「なるべく安くてお金がかからない店で」を心掛けていたものでした。ファーストフード店とか、それ以前はほとんど無縁だったので店についての知識も全くなかったんだけど、柏市内、家の近く、駅周辺にはなぜか松屋が2,3軒ありました。それまで牛丼屋なんて全く無縁だったけど、食券制でお手軽にメニューを選べる、早い、安い、牛丼だけじゃなく定食からカレーまでメニューが豊富ということで、頻繁に通っていました。その頃は吉野家はまだ定食メニューなどが少なかったので、私は圧倒的に「松屋派」でした。2001年に地元に戻った頃は北九州市内に松屋なんてなかったけど、その4,5年後には店舗も増えたので、やはり頻繁に通っていました。地元に帰って3,4年経った頃には「極貧」な状態も脱したので、敢えてファーストフード店などの安い店に行く必要もなくなったけど、でも2,3か月に1回、なぜか「食べたい」「行きたい」気分に襲われるので、思わず足を運んだものでした。

 そして昨年末、11月か12月だったと思うけど、約2,3か月遠ざかっていたせいか、急に「食べたい」「行きたい」気分に襲われて、久々に足を運びました。食券の券売機がタッチパネル式に変わっている。おお、いきなり「進化」したなと感心。画面に従って操作してみる。まずは「店内」「持ち帰り」から。「店内」を選ぶ。だけど次の画面でいきなり違和感。「牛めし」「定食」「丼もの」等に分かれている。私は今まで、ボタン全体を見ながら「何を食べるか」選んでいたんだけど、これじゃあ全体を見ることが出来ない。「丼もの」を選んでしまうと定食のメニューを見ることが出来ないし、「定食」を選んでしまうと丼もののメニューを見ることが出来ない、いや「全体を見ながら何を食べるか」を決めたいんだけど。この時点で挫折というか不信感が。とりあえず妥協して「丼もの」を押す。すると丼物のメニューだけが表示される。この中から選べってことなのか。とりあえず選ぶ。そうだ、セットにするか、「豚汁変更」にするか・・・、と思ったんだけど、どれを押せばセットや「豚汁変更」が出来るのかもよく分からん。後ろに人が並んでる。しょうがない、また妥協して単品にしよう。と思ったんだけど、ネット注文などにある「レジに進む」「清算する」「注文確定」にあたるボタンがない。どうすれば清算が完了するんだ? とりあえずお金を入れてみるが変化なし。うーん、さっぱり分からん。自分自身がせっかちな性格なのに加えて、後ろに並んでいる列も気になる。ああ、もう面倒くさい。適当にいじっていたらとりあえずお釣りと食券が出てきたので一応注文は確定したらしい。しかし「食券を買う」だけでこんなにストレスがたまるとは。

 私が「吉野家より松屋」を選んだのは、1990年代末の時点では「松屋の方がメニューが多いから」という理由に加えて、「お手軽に食券を買って食べることが出来るから」というのも大きな理由でした。でもこんなに食券を買うのにストレスがたまるのでは足が向かなくなります。前の「ボタンがいっぱい並んでいるだけ」の券売機も「分かりにくい」という人がいたらしいけど、私はあのボタンをメニュー代わりにして食べるものを選んでいたので、タッチパネルにされたのは非常に困ります。タッチパネル式の券売機といえば、ちゃんぽんのリンガーハットも同じだけど、リンガーハットの場合はちゃんぽんか皿うどんかを選ぶだけなのだしメニューも多くないので、あまり迷わないし、音声ガイドもついているし、店舗によっては券売機の横に操作方法を解説した掲示物もあるので、私は全く不便を感じません。だけど松屋にはそれがない。これは「改悪」だし、長年通い続けた私ですら、思わず足が遠のいてしまうレベル。またあんなに迷わなければならないのかと思うと、それだけで足が向きません。これだったら吉野家は今では定食などのメニューも増えたことだし、今後は吉野家に乗り換えてしまおうかとも思っています。

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# by stakec68 | 2017-01-16 19:41 | 社会

久々の「音楽を聴かせるラジオ番組」に時を忘れて

 2002年にこんなもの(こちら)、2015年にこんなもの(こちら)を書きましたが、私はずっと昔からラジオ番組には「音楽を聴かせてくれる」ことを期待しています。間違ってもニュース、天気予報、交通情報、タレントやDJの世間話、リスナーからハガキやFAXで寄せられた面白話なんて全く興味がありません。ベストは「曲紹介以外はすべて音楽が流れている番組」。または「曲の合間にそのアーティストや曲について解説したり、出演者がその音楽に対する思い入れを語ったりする番組」のいずれか。つまり「しゃべり」はすべて音楽に関する話のみ。そういう番組が私にとって「聴きたいラジオ番組」です。事実、ビートルズに目覚め、その後多くのロックを聴き進めていった1986~1992年頃の私は、そうした番組で多くのアーティストや楽曲に出会い、出演者の語る解説や思い入れ話を聴いて、どんどん新しく出会った音楽への造詣を深めていきました。そのあたりは表のサイトの(こちら)でも書きましたが。インターネットもなかった時代、ラジオは新しい音楽を知る、そしてもっと好きになっていく当時の私にとって非常に大事な媒体でした。

 だけど過去ログに書いた通り、1990年代後半くらいからそうした「音楽を聴かせる番組」がどんどん少なくなりました。本来「音楽を聴かせる」ことを目的にはじまったはずのFMですら今では「リスナーからのハガキやFAXを読む合間にかかるBGM」として音楽を流しているだけの番組ばかりになってしまったし。2015年のログに書いたNHK-FMの「ミュージックプラザ」までもが終わってしまい、「音楽を聴かせてくれるラジオなんて死滅したんだ」と思っていました。

 そんな1月9日月曜日の祝日、休みで家にいた私。ネットを何気なく見ていると10時間デヴィッド・ボウイ三昧なる番組があるとの情報を偶然見かけました。おお、昼の12時からじゃないか。さすがに10時間ぶっ続けで聴き続けるのは厳しいけど、時々つけたり消したりしながら過ごそう。そう思って久々にラジオの電源を入れました。でもまあ時代が時代だから、昔のように「ずっと音楽を流しながら、楽曲やボウイについての話だけをひたすら続ける番組」なんて無理だろうな。きっと「名前だけは知ってます」レベルのうるさいタレントが出てきて騒ぐ、そんな番組になるだろうとあまり期待はしていませんでした。

 ところがその私の予想を見事に裏切る、いや予想以上の内容。比較的音楽に詳しそうな女子アナと評論家の小野島大がメイン・パーソナリティで、ゲストとして登場するのもボウイに造詣が深い、若しくは思い入れのありそうな人ばかり。私が夢中でラジオを聴いてロックを聴き進めていた頃=1980年代末~1990年代初頭に夢中で聴いた番組のような構成、内容でまるでその頃にタイムスリップしたかのよう。いや、こんなノリの番組聴いたのって、何十年ぶりだろう。流れてくるのは聴き慣れた曲ばかりなのに、小野島氏の解説や多くのゲストの思い入れコメントを聴きながらそれらの曲を聴くと、いつもと違った聴き方や発見があって非常に面白い。「ずっと聴き続けていたら飽きるから始まって1時間程度経ったところで一度電源を切ろう」と思っていたのに、オープニングからずっと聴き続けて気がついて時計を見たときは既に夕方5時過ぎ、おいおい5時間も聴き続けていたのか。いや「時を忘れてラジオ番組に夢中になる」なんて、20数年ぶり。途中で夕食の準備、夕食、掃除等のために何度か電源を切ったけど、エンディングの夜10時45分までの時間があっという間に過ぎてしまいました。

 ああ、もう終わりか。ラジオ番組が終わった後「ああ、終わってしまったと寂しい気持ちになる、余韻がなかなか冷めない」「その日かかった楽曲やアーティストのことが気になって仕方なくなって思わずCD聴いたり動画(当時はビデオ、今はネットの動画サイト)を見たりしてしまう」、こんな現象もまさにあの頃=1980年代後半~1990年代前半以来のこと。そう、ラジオって、俺にとってかつてはそういうものだったよなあ。久々に「ラジオ番組を聴く喜び」を感じました。

 そして今も「ボウイ気分」が続いています。こんなに長くロック・アーティストが「気分」になったのって、昨年のボウイ急逝の時以来。昨年の訃報の時にも(こちら)書いたけど、2004年の来日公演~2008年の「ロック気分減退」の頃に思い入れが最も強くなり、「もっと聴きたい」気分になったアーティストは、間違いなくボウイだったので、またしても「CD買おうかな」という気分になっています。私の「ロック気分減退」は、私自身の問題もあるだろうけど、ツイッターやブログがメインになって個人のサイトやボードで音楽を「熱く語る」人が少なくなったこと、「じっくり音楽を語ってくれる」雑誌が減ったこと、そして「音楽を聴かせ、紹介してくれるラジオ番組」がなくなったこともあるかもしれません。そうしたものから「刺激」を受けて、より音楽を聴く幅を広げたり、新しい発見があったりで「ロック気分」を盛り上げてきた私だから尚更です。最早今回のような特番でないと「音楽を聴かせる」番組なんて需要がないんでしょうか。私はそうした番組がもっともっと増えれば、「ロック気分」が復活しそうな予感もあるんだけど。

 

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# by stakec68 | 2017-01-12 16:55 | 音楽ネタ

レジェンドへの有り得ない仕打ち

 中村俊輔に関して1991年の南アフリカ・ワールドカップの時には批判的なことを書きました(こちら)。リンク先にも書いている通り、フリーキックをはじめとした技術やセンスは素晴らしいと思っていたし、決して嫌いな選手ではありませんでした。ただやっぱりスタンドプレーで協調性がない選手というイメージは拭えませんでした。ところがあのワールドカップ後に代表引退、さらに古巣の横浜マリノスに復帰、キャプテンに就任したあたりから「変わり始めたな」と感心していたものでした。偶然見ていたBS朝日の古田敦也がやっているスポーツ番組にゲストとして登場、古田と対談していました。その中で「代表への未練はない、今はチーム(マリノス)を引っ張り、盛り上げていくことが自分の生き甲斐」「若い選手を引っ張っていくリーダーでありたい」「引退までマリノスに貢献し、引退後はマリノスで指導者になれたらいい」とも。さらに古田に熱心に「リーダーとして人を引っ張っていくための秘訣」等を聞いていました。おお、素晴らしい。変わったな。同時にそこまでチーム=マリノスのことを考えているんだと感心しました。きっと彼は引退までマリノスのためにプレーし、引退後もマリノスのために尽くすだろう、そう信じていました。

 ところがこのたび、まさかのマリノス退団、ジュビロ磐田へ移籍。サッカー界は移籍が多い世界、ベテラン選手はレジェンドであっても晩年は格下のチームに移籍して現役を終えるのも珍しくない。ましてマリノスといえば井原、松田等、チームの精神的支柱ともいえる選手に平気で戦力外通告を行って追い出した「前科」のあるチーム。とはいえ代表引退後、あれだけチームに貢献することを「生き甲斐」だと言っていた選手までをも「追い出す」というのは、正気の沙汰とは思えません。井原や松田の時も「正気の沙汰じゃない」と思ったけど、それを数段上回る衝撃。大幅減俸とか「お金」の問題かと思いきや、実はマリノスの提示額の方がジュビロの提示額よりはるかに上だったようなので、本人談の通り「お金の問題ではない」らしい。つまりスポンサーとか親会社とかフロントとか、口には出せないような「醜い何か」があるとしか思えません。

 私は以前書いた通り(こちら)、日本サッカーがアマチュアの日本リーグだった頃からずっと日産が好きで、Jリーグ開幕時もマリノスが好きでした。選手の入れ替わりが激しいことから徐々に気持ちが冷め、木村和司と水沼貴志が引退した時点で完全に気持ちが離れてしまったけど、それでも「かつての贔屓チーム」「Jリーグ開幕時からの伝統あるチーム」ということもあり、Jリーグのチームの中でも比較的好感度の高いチームでした。井原の件の時も、松田の件の時も(こちら)非常に気分が悪かったけど、今回の件は最早そうした「かつて好きだったチーム」云々という気持ちもすべて吹き飛んでしまうくらいの衝撃です。

 まあ私はこの数年「日本サッカー離れ」「Jリーグ離れ」しているけど、またしても気持ちを冷めさせるような出来事でした。きっとマリノスのJ2陥落の日も遠くないでしょう。逆にJ2落ちから復活し、チームを立て直した名波監督、そこに中村俊輔が絡む、そんなジュビロには少しだけ期待せずにはいられません。「チームを引っ張るリーダーでありたい、引退後は指導者になりたい」と古田の番組で珍しく熱く語っていた中村俊輔、本人はマリノスでそうなることしか考えていなかったろうし、そう願っていただろうけど、ぜひジュビロでそうなれることを願っています。

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# by stakec68 | 2017-01-09 14:48 | スポーツ・ネタ

もはやテレビなんて年寄りしか見てないのに・・・

 もう約16年前、2000年の年末のことになりますが、「大晦日の某歌合戦なんて小学生の頃以来見たことがない」と書きました(こちら)。とにかくこの番組、嫌いだし興味がないし、見たいなんて全く思わない。私が今住んでいる実家に帰って来たのは2001年の10月のこと。以降も当然私はこの番組を一度も見たことがありませんでしたが、母は毎年楽しみにして見ていました。「今年の小林幸子と美川憲一の衣装はどんなのだろう」とか「誰がどんな歌を歌うんだろう」とか、始まる前からこの番組の話ばかり。当日も食い入るように見ていたものでした。

 ところが、いつの頃からでしょうか、おそらく2010年代に入った頃からだと思うけど、そんな母ですらこの番組、ほとんど見なくなりました。そして遂に今年に至っては、一瞬たりともテレビをつけていませんでした。なんで見なくなったのか? 聞いてみたところ「知らない歌手ばかりしか出てこない、見たい歌手が出てこない」「歌以外のドタバタが多すぎて面白くないし、意味が分からないし、見ていて落ち着かない」「その年のヒット曲を歌う場のはずなのに昔の歌ばかり歌ってる、しかも毎年同じ歌ばかり」・・・。確かに私も興味がないとはいえ、新聞やネットのニュースで出場歌手や曲目を見て同じ感想を持ったのは事実。まあ、「歌以外の演出が多すぎる」のは今始まったことではない気がするけど、近年はその「演出」ですらかつての荘厳さや格調が薄れて三流バラエティ番組並にレベルが低下しているであろうことは想像できます。

 この番組に限った話じゃない。私が実家に帰って来た2001年頃、母が「毎週欠かさずに楽しみにしていた番組」って、非常に多かったものです。主に演歌の番組か、旅番組、対談番組、時代劇が中心でしたけど、少なく見積もっても7~10程度あった筈。でもそのほとんどが終了してしまった。今も継続している番組もあるけど、母曰く「内容が薄っぺらくなった」「『すごい』しか言わないレポーターばっかりでつまらん」「スタッフの笑い声が聞こえたり、しゃべっている内容が字幕で出てきたりで鬱陶しい」「司会者のしゃべりがやかましい」「大勢のタレントが並んで(雛壇?)勝手にしゃべっていてうるさくて落ち着かない」等々、内容が以前と変わって「面白くなくなった」ので「もう見たくない」ということで見なくなった番組も多いらしい。まあ、この辺の感想は私も同じなんだけど。

 しかし今のテレビ番組って一体、誰を、どの年齢層をターゲットに制作してるんでしょうか。1990年代には(当時の)20代、30代=私たちの世代はテレビを見ないのでターゲットから外しているとの話を聞いたことがあります。つまり今の30代後半~50代前半。まあ、熱心に見ている人は少ないでしょう。それよりも下の世代=今の10代~30代前半の人たちは、物心ついた頃からインターネットのあった世代だし、スマホも普及しているから「テレビを夢中で見る」「テレビに影響される」習慣なんてまずないはず。だとすれば「テレビを見たい」世代は60代以上の人なんじゃないんですか? 

 なのにどの局の番組を見ても、「すごい」と絶叫する馬鹿なレポーター、お笑い芸人(←この言葉の意味、間違って使われていると思う)が大勢出て大騒ぎしているやかましいだけの番組、某事務所や某作詞家関係のアイドル・タレントが必要以上に出てくる番組ばかり。それってまさか、若者=20代や30代をターゲットにしてませんか? どうせテレビなんてまともに見ない世代の人たちなのに。それよりも60歳以上の人が喜ぶような番組を作った方が受けるんじゃないでしょうか。なんでそんな単純なことが分からないのか? 私には理解できません。「テレビ見たいのに、見たい番組がどんどんなくなる」とぼやいている母を見るにつけ、そう思わずにはいられません。

 しかし某歌合戦、いろいろ不評で不満の声がネット上に溢れている様子。でもそうした声を見るにつけ「ああ、みんななんだかんだ言いながら結局見てたのね」と思ってしまいました。いや、私は本当に「一瞬たりとも見てない」ので、内容なんて分からないけど、不満を書き込んでる人は「見てた」からこそ書けるわけで。なんだかんだ言っても、まだまだ「国民的番組」なんですかねえ。しかしそうした人たちですらそっぽを向くようになったら、本当に某歌合戦も終わることでしょう。まあ、終わった方がいいけど。

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# by stakec68 | 2017-01-06 18:10 | テレビ、芸能