前から書いている通り、1990年代末~2000年代初頭にかけて「ボクシング離れ」していた私。理由も何度か書いてきた通り「団体乱立、ベルト乱立で世界チャンピオンの人数が多すぎて、ベルトの重みが感じられなくなったこと」「某兄弟のせいで茶番、単なるショーになり下がったような気がしていたこと」が最大の要因。特に「ベルト乱立」のせいで日本人の世界チャンピオンの人数が異常に多くなってしまったし、「誰がチャンピオンなのか?」すら分からなくなったが最も大きいです。1980年代くらいまでは、日本人のチャンピオンって2,3人しかいなかったし、チャンピオンの名前は当たり前のように全員覚えられたものなのに。

 ただ一方でここで何度か書いてきた通り、この4,5年は内山、山中、八重樫、井上らの試合を見ているうちに「いや、意外と頑張ってるし、熱い戦いをやってるじゃないか」ということでテレビ観戦する機会も増えてきました。そして一昨日と昨日、土日の夜に2日連続でフジテレビが「ボクシング・フェス」と称して、井上、八重樫、そして遂に世界タイトル初挑戦になる元五輪金メダリストの村田諒太の試合など、世界タイトル戦数試合を同じ会場で行って、生中継するとの情報が。例によって出勤なので「録画予約→結果をシャットアウトして帰宅→帰宅後、録画したものを視聴」しました。

 初日の目玉は村田諒太がはじめて世界タイトルに挑戦する試合。プロになった当初は「ルールも微妙に違うしアマチュアで強くってもプロで通用するのか?」疑問を持ってた私だけど、デビュー戦でいきなり日本ランカーを圧倒して勝利したし、その後も海外の選手を相手にして徐々にプロらしくなっていくのを見てきました。なのでまさに「満を持して」「しっかり準備して」挑んだ世界タイトル戦だったので「きっと勝てるだろう」と信じていました。

 そして試合も村田が終始優勢で4ラウンドにダウンを奪う。まあ、KO勝ちも時間の問題と思いきや、相手のエンダムはクリンチで逃げたり、倒れそうになったらロープを背にしたり、フットワークを使って逃げたり、当たらないのに無駄にパンチを出したりで逃げて、粘って…。だけどまあ、決定打は村田の方が多かったし、相手は逃げてるだけ、柔道なら「指導」が出るようなレベルなので、判定になっても当然勝てる。そう思ったのに…。

 まさかの判定負け。まあ、ボクシングの場合「不可解判定」って昔から多くて「微妙な勝負だったのに大差がつく」「ホームの選手に有利な採点になる」「ランク上位の選手が有利な採点になる」のは見てきました。でも「ホーム」は村田の方だし、「大差で村田が勝つ」レベルの試合だったのに、逆に「大差で相手が勝つ」のはあまりにもおかしい。私が今まで見たボクシングの試合の中で、いや、すべてのスポーツ観戦歴の中でも「かつて見たことがない」レベルの「不可解判定」でした。場内もブーイングとかヤジとではなく、「えーっ」というような驚きのような声とため息に包まれる。こんな「空気」は今まで見たことも、聞いたこともありません。裏で不正な金が動いた?脅迫か何かあった?そう疑わずにはいられないレベルでした。

 翌日の試合の目玉は八重樫と井上。いつも「真っ向勝負」を挑み続けていた八重樫、ロマゴン戦(こちら)ですっかり彼の試合に魅せられた私、当然注目していたけど・・・。なんと1ラウンドKO負け。本人は口にしていないけど、ずっと「真っ向勝負」ばかり挑んできたことだし、そろそろ体力的にも厳しいのでは? いや、かつての彼の試合運びが好きだったからこそ、もう無理はしないで欲しい、そう思ってしまいました。

 そして井上尚弥。相変わらず、いつも通り強すぎました。2日間、様々な試合を見たけど、やっぱり桁外れに上手い、早い、強烈・・・。そう感じました。最早「強すぎて相手をみつけるのが大変」なレベルになっているのでは? 多くの評論家が言うとおり、日本ボクシング史上最強レベルではないかと思います。

 だけどそんな井上の試合、さらにそれ以外の試合を見ても、やっぱり村田の試合の「不可解判定」が頭から離れません。一部の評論家曰く「WBAは決定打云々よりも純粋な手数が多い方を評価する傾向にある」との声も。だけど「優勢の者」「押していた者」「試合をリードしていた者」「決定的なダメージを相手に与えた者」よりも「当たろうが当たるまいが、とにかく手を多く出した方が勝つ」ってやっぱり変です。格闘技だから誰が見ても単純明快に「強かった方が勝ち」でないとおかしいでしょう。フジテレビが「フェス」と評して煽っていたし、週末のゴールデンタイムだし、普段はボクシングを見ない人も「ちょっと見てみるか」って感覚で見ていたはず。そういう人がこれを見て「ボクシング、面白いな。今後も見たいな」と思うでしょうか。ただですら某兄弟のせいでマイナスイメージばかりだったボクシング、せっかく多くの人が見る「フェス」だったのに、こんな分かりにくい、不可解な結果ではまた人が離れてしまいかねません。

 しかしそんな「大騒ぎ」なマスコミ、ボクシング関係者、そして私たち視聴者や観客とは真逆に、不平不満を一切言わず、不服そうな態度も微塵も見せない村田の態度、発言を見て清々しい気分になりました。私服姿でエンダムと微笑む写真も見かけました。五輪後、比較的年齢がいってからプロ転向だったから、プロ転向から世界タイトル戦に向けて計画を立てて準備して積み上げて実現させた試合だったはず。なので「次はまだ分からない」と発言したとの情報もあります。まあ、決めるのは本人だし、どんな結論を出しても周りがとやかく言う権利などない。だけど私は、そんな試合後の発言、態度を見るにつけ「次のチャンスをあげたい」「ぜひタイトルを獲らせたい」「勝たせてあげたい」そんな気分にさせられました。

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# by stakec68 | 2017-05-22 21:15 | スポーツ・ネタ

 先日述べたとおり、4月以降「人が休んでいる時は休めない」生活に。つまり土日祝日は休めなくなってしまいました。まあ、1990年代はずっとそういう生活を送っていたし、休みだからと言って家族や友人と遊びに行くこともない私なので、別に「人が休んでいる時にどうしても休まなきゃいけない」理由もないし困ることもないだろうと。だけどひとつだけ「困るかも」と思っていたのが、テレビのスポーツ観戦。

 基本的に土日に大きな大会や試合のあるスポーツが多いので、それを見ることが出来なくなるのがちょっと困るかなと。もちろん「録画予約→ネットなどで一切結果を見ないようにして帰宅→帰宅後に視聴」という方法もあるけど、やっぱり「生で見る」ことに意義があるわけで。だけど4月以降ここまで「予約してまで見たい」大会や試合は皆無で、結局一度も「帰宅後に録画したものを見る」機会はありませんでした。まあ、マラソンとか駅伝のシーズンが終わったこともあるし、スーパー・ラグビーもJ-Sportsでよくやっているけどあまり結果も芳しくないし、地上波の中継はプロ野球とかフィギュアとか大相撲とか、興味のない種目ばかりというのもあるし。

 国内サッカーには相変わらずうんざり状態だし。今年からJリーグがネットの動画配信サイトと契約したこともあってか、CSも地上波も中継が激減している様子。その上、相変わらずサポーターの暴走とか、一部の選手が人種差別的な行為を行ったり、にもかかわらずいい加減な処分しか下せなかったり、別のチームではスタッフに暴行を働いた選手がいたりで・・・。この2,3年「もううんざり」と思って遠ざけていたけど、最早末期状態ではないでしょうか。そこそこ客が入ってるのかもしれないけど、そのうち「ごく一部の人しか見ない」リーグになってしまうんじゃないか。そんなニュースを見るにつけ「当分見たくない」と思ってしまいました。特に人種差別選手への処分、本当にこれで終わりなのか? だとすると最早「狂ってる」としか思えません。しかもまた「あのチーム」の仕業。いい加減「J2降格」とかの厳罰を降さないと分からないんじゃないでしょうか。

 また女子ゴルフでは、ビジュアルばかりでまだ何の活躍もしていない韓流選手が「ゴリ押し」報道されている様子。まあ韓国人選手が強いのは認めるけど、この人の場合は全く過去の実績や成績が話題になることがないので、本当に「ビジュアルだけ」なんじゃないかと疑ってしまいます。そんな選手を多く取り上げて報道して過熱気味に煽るのを見ていると、さすがに恥ずかしくなってしまいます。ボミとかハヌルとかは、一応「元韓国ツアーの賞金女王」という看板を引っ下げての来日だったし、実際来日以降成績も上げているし、外面だけか本心かは別にして日本に溶け込もうと頑張っているのは認めるけど、この人の場合は実績が一切報道されてないし、まだ何もしてないに等しいのに。というわけでなんとなく気持ち悪いので、女子ゴルフを「日曜日の昼間に録画して、帰宅後見よう」という気も起きなくなりました。とても「スポーツ中継」とは思えないし。

 ということで、休みの日に家にいなくなると唯一「困るかも」と思っていたスポーツテレビ観戦ですが、今のところ「困る」ことはありません。今年はワールドカップ・サッカーもオリンピックもない年なのも幸いしたようです。まあもしも見たいものがあれば、録画して帰宅後に見れば大丈夫でしょう。

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# by stakec68 | 2017-05-15 16:47 | スポーツ・ネタ

 ちょっと前にネット上で拾ったネタだけど、テレ朝で日曜夜9時から放送されていた「日曜洋画劇場」が2月に終了、土曜夜9時から放送されていた「土曜ワイド劇場」が4月で終了したんだとか。私はすっかり「地上波テレビ離れ」して久しいし、まして年明け以降あまり休みもなくって忙しかったので、実は最近知りました。正直、私は今も昔も「映画音痴」特に「洋画音痴」なので前者を夢中で見たことはほとんどなかったし、後者も「江戸川乱歩美女シリーズ」とか「西村京太郎トラベルミステリー」のように、「見たい」内容の時以外はほとんど見なかったので、そんなに思い入れがあるわけでもない。

 だけどどちらも亡き父がよく見ていたので、それを横でなんとなく見流していた記憶はあります。土曜日の夜9時、あの印象的なテーマ曲が流れるのを聴いたり、殺人事件が起こったり、エログロなシーンが飛び出したり(1990年代以降は減ったけど)するのを見ると「ああ、明日は休みだなあ」という安心感というか、ゆったり、のんびりした気分になったもの。同時に「今日はちょっと夜更かしできる」と少し楽しみだったりしたたもの。また日曜日の夜、淀川長治による独特な語り口の小難しい(映画音痴で洋画音痴の私には難しかった)解説を聞くと「ああ、もう日曜日の夜もいよいよ終わりか」と寂しい気分になったし、「もう寝なきゃ」という気分になったもの。しかもこの時間に放映される映画は、1980年代まではフジテレビの「ゴールデン洋画劇場」や日テレの「金曜ロードショー」と比較すると時代が古くて(1950年代くらいの映画が多かった)、マニアックな映画が多かったので「大人向け」という印象を持っていました。まさに「土曜日の夜の風物詩」「日曜の夜の風物詩」のような番組。しかも「休み前日の夜にゆったり夜更かし、ちょっとだけドキドキ=長時間サスペンス」「休みの夜の最後を飾る時間=大人向けでマニアックな洋画」って、時間と番組の内容がこれ以上ないほどマッチしていて「この時間じゃなきゃいけない」感のある番組でした。

 もちろん時代が変化して「誰もがテレビを見ている」時代でもなくなってきたので、いつまでも「テレビ黄金期」のまま同じ番組を続けるのが難しいことは理解できます。だけど、終了後にはじまった番組がいただけない。結局、後番組は土曜日の9時も日曜の9時も1週間のニュースを振り返る単なるワイドショー、ニュースショー・・・。今のテレビって、平日だろうが、土曜日だろうが、日曜日だろうが、朝だろうが、昼だろうが、夕方だろうが、ゴールデンタイムだろうが、深夜だろうが、何曜日に、何時にテレビをつけても同じような番組ばかり。しかも「ニュース」といっても三流週刊誌のような下世話なゴシップ・ネタが中心だし、社会問題を扱ったものも偏向的だし、内容が浅くて無教養だし、ほとんどバラエティのようなノリのものばかり。コメンテーターといいながら、お笑いタレント(芸人なんて名乗って欲しくない!!)や評論面したえせ知識人が単なる井戸端会議してるような人ばかり。単なる時間とお金の無駄遣い。いや、こんな番組、本当に面白いと思って制作しているんだとしたらとんだ勘違いだろう。どう見ても単なる時間の浪費にしか思えない。

 もちろん私はとっくに「地上波離れ」してるし、最早「面白い番組」なんて期待はしてません。だけど「風物詩」といえるような番組を次々と終了させていくあたりにも疑問を感じるし、しかもその後番組はことごとくそんなワンパターンな「えせ報道番組」ばかり。そのうちドラマや音楽番組も一切なくなって、「24時間ニュースショーやワイドショーだけ」になってしまうんじゃないでしょうか。いや、そんなんだったらもう、地上波テレビなんていらないでしょう。いっそのこと、もうなくなってしまってもよいのでは? 「なくなって困るか?」と聞かれれば「重大な事件事故、災害の時だけ緊急放送流してくれればそれだけで十分」という気もします。最近はスポーツ中継も専門チャンネルで見ることの方が多くなったし、それ以外の番組はケーブルテレビどころか、ネットの動画サイトの方が地上波の番組よりも数十倍面白いと思うし。

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# by stakec68 | 2017-05-08 23:44 | テレビ、芸能

何と1か月放置?

 まあ、最早ここを定期的に覗いている人なんていないだろうから問題ないでしょうけど、丸1か月放置してしまいました。「最低でも週1更新」を目標にしてきたし、この3,4年はほぼそれを実行できていたんですが。定期的に見ている人もいないだろうし、表のサイトを定期的に更新していた頃のように「常連さん」やネット上で親しくしている人もいないので、心配している人もいないだろうからまあ、いいだろうと。ちなみに決して体を壊していたわけではありません、念のため。

 プライベートにはあまり踏み込まない主義なので詳しく述べる気はないけど、実は4月から大きく生活環境が変化、それに慣れるのに精一杯だったので、ここに何か書くどころじゃなかった、世の中の出来事に関心を払う余裕もなかった、だから何も書かなかったというのが正直なところ。ようやく慣れてきたし落ち着いてきたので、5月からはまた「週1更新」を目指していきたいと思っています。

 生活パターンが変わったことで、今まで以上に忙しくなりそうだし、世の中は大型連休らしいけど、むしろ「世間一般が休んでいるときほど休めない」環境になりそう。というか「連休」自体もとれなさそうな予感。以前なら「連休があれば泊りがけ放浪」が私のパターンでしたが、母の入退院以来、家を空けるのが困難になったから、どうせ泊りがけ放浪なんてできないので「まあ、いいか」という感じ。むしろ「人が休んでいる時は休めない」ということは「人が働いている日が休み」のパターンが増えるので、「休みの日に出かけても、どこに行っても人出が少なくてゆっくりできる」のは好都合だなとプラスに受け止めています。

 まあ、そんなこんなで4月は丸1か月更新なしでしたが、また5月からは最低週1で、どうでもいいことを書いていきたいと思っています。まあ、「定期的に見ている人」なんていないだろうから、人の目を気にせずに、自分自身の生存確認のためのみに書いていきます。

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# by stakec68 | 2017-04-29 20:11 | 自分自身の話

もう17年も前になるけどこんなもの(こちら)を書いたことがありました。私は小5から小6に上がるタイミングで引っ越し、転校を経験しています。おかげで6年生の1年間だけを過ごした、ほとんど思い入れのない小学校を卒業、逆に5年間を過ごして思い入れたっぷりの小学校の卒業アルバムも手元になく、卒業名簿にも名前がありません。昨年「卒業式の思い出など何もない」と書いたのは、やはりこの体験が大きいかもしれません。逆にいうとこの3月=別れの季節になると思い出すのは、その「5年間過ごした小学校との別れ」の寂しさ、悲しさばかりです。いや、「その時は気がつかなかったけど、後で思い出して失ったものの大きさに気がついて寂しく、悲しくなった」と言った方が正確かもしれません。

 その1年~5年を過ごした小学校ですが、前から何度か書いてきた通り八幡製鉄所のお膝元のような場所にありました。その当時(1970年代後半)から既に業務縮小傾向にあったので、新たによそから転入してくる生徒よりも、父親の仕事(=製鉄関連の会社)の関係でよそに転出していく生徒の方が多かったものです。そんな中私の場合は「老朽化の激しい借家を出て、新築のマンションに移りたい」と両親が切望していたこともあっての「引っ越し」でした。いくら「新しい家に引っ越せる」といっても、なんで校区外? しかもなんでよその区に? 私は泣いて抗議したのを覚えています。当時の小学校の同級生のうち、約半分は幼稚園の頃から一緒の奴ばかり。物心ついた頃から当たり前のように一緒だった同級生たちと離れる、とてもじゃないが自信もないし、想像もできない。たった一人で知らない学校、しかもよその区(北九州は5市合併で誕生したので、区が違うだけで風土も全く違ってた)の学校にいかなきゃいけないのか。たったあと1年なのに。あと1年だから転校せず、卒業までバスを使って同じ学校に通い続けるとか、従兄弟(父方の親戚)が同じ学校に通っているので、1年間そちらに住ませてもらって学校に通う、いろんな提案をしたけどすべて却下されて叶わず。「親しい人たちともいずれ別れなければならない」、そんな当たり前のことも知らずに生きてきたので、まさに「あり得ない」事態でした。

 だけど私は転校が決まった後は動揺を隠して強気に振舞っていました。「どこに行っても学校は学校、変わらんだろう」「従兄弟の家も近くにあるし、お前らに会いたくなったらいつでも会える」、そんな発言を繰り返し、私との別れを悲しんだり、惜しんだりする連中を軽くいなし続けました。実際、当時この小学校の大運動会は5月半ばの日曜日に行われていたので「また運動会の時に来ればいい」と思っていたのも事実。だから「新しい連絡先とか、知りたい奴にはその時に伝える」「じゃあ、また運動会の時に会おう」、そう言い残して名残惜しそうな同級生たちに特別別れの挨拶もしないまま足早に学校を後にしました。いや、その時は私自身も思っていました。どうせまたすぐみんなに会える、別れはその時に言えばいい。仲のいい連中には、その時に連絡先を伝え、次に会う日、遊びに行く日などはその時に話し合えばいいと・・・・。

 ところがまさかの出来事。その「前の学校」の大運動会の当日は朝から滝のような大雨に。とりあえず従兄弟の家に行ってみると「当然中止だ」と。じゃあ順延だろう? 次はいつやるの? 日曜日ならまた来れる。ところが非情なひとこと。雨で順延の場合は水曜日と最初から決まっていたと。平日ということになると自分自身も学校なので来ることなんてできない。じゃあ、もうみんなに会いに行けない? 別れの挨拶もできない? 連絡先を教えたりもできない? ひどく落胆してしまいました。

 その翌日、転入して間もない小学校に登校。そこで「前の学校の運動会が中止になって、前の学校の友人たちに会えなかった」ことを担任や同級生たちに話しました。実はこの、6年生の1年だけを過ごした小学校は、前の学校と正反対で「転出も多いけど、転入も異常に多い」学校なので、同級生の約3分の1くらいは「途中転入」経験者でした。その連中に言われました。「前の学校のことばっかり言いすぎ、気にし過ぎ。早く馴染まなきゃいけない」と。前の小学校は4年生の頃までいた校長(こちら)がちょっとユニークな教育方針の方だったこともあり、教科書をあまり使わない授業を行っていました。その分、市内には「アンチ」な教師もいたらしく、新しい学校の校長も担任も、ことあるごとに私に「ここは前の学校とは違うよ」と嫌味っぽく言われていました。だからでしょう担任に言われました。「もう行くな、連絡も取るな。そんな暇があったら早く溶け込みなさい」。今思えば嫌な言い方だけど、そんな裏のドロドロまでは理解できなかった当時の私は素直に「そうかもしれない」と思いました。他の転入経験者にはそんなこと言わなかったのに私にだけに言っていたのは、そのあたりが理由だろうと、今なら推測できるんだけど。

 以来私は「前の学校」のことは口にしなくなりました。前の学校の友人に会いに行きたいとか、連絡をとろうとか、そういう気持ちも捨ててしまいました。夏休みのような長期休暇なら可能だったかもしれないけど、その頃にはすっかり「前の学校」云々考えることもなくなってしまいました。でもやっぱり、新しい学校には溶け込めませんでした。私自身は溶け込もうと頑張ったけど、逆に頑張りすぎて空回りしてばかり。区が違うので風土が違いすぎるし、同級生ともうわべだけで心の底から親しくなれなかったし、前の学校とは違う「教科書通り」な授業は退屈で面白くなかったし、担任の教師のことも外面だけは優しいけど、言葉の節々に冷たくギスギスした面が見えて好きになれなかったし。結局、何の思い入れも持てないままの卒業式でした。

 そこで初めて「失ったもの」の大きさに気がつきました。ああ、俺は前の学校への思い入れの方がはるかに強かった。どうせ卒業するなら前の学校を卒業したかったし、前の学校の卒業アルバムが欲しかった。もう連絡取らないまま1年以上、今や誰とも連絡なんてとれやしない。以降私は現在に至るまで、その「前の学校」の同級生に誰一人として会ったことがありません。前の学校の校区内に住んでいる従兄弟などから何人かの消息を伝え聞いたことはあるし、大学時代に地元のバラエティ番組の「街で見かけたカワイイ娘紹介」コーナーに約1名出ていた(暗くて地味でおとなしい子だったのに、本当に可愛くなっていてビックリ)のは見たし、高校時代に高校野球の福岡県大会をテレビで見ていた時に2名ほど選手として出場しているのをみかけたことはあるけどそれだけ。3,4年前に仕事の関係で知り合った方がその頃の同級生の甥だと知ってビックリしたけど、同時に「叔母なら数年前に事故死した」と聞いて逆に気持ちが沈んだことはあったけど。最初のリンクにある通り「幼馴染」というのがひとりもいなくなったのは、この時の「別れ方」が悪かったせいでしょう。今思えば痛恨。最早みんな、卒業アルバムにも卒業名簿にも名前のない私のことなど、誰も覚えていないでしょう。

 一方で6年の1年間だけを過ごしたけど、結局は馴染めなかった小学校の同級生は、ほぼ9割9分方、同じ中学校に進学しました。私がようやくこちらの同級生と溶け込めたのは、中学進学後のことでした。「転校せずにあと1年、前の学校に通い続ける」ことを両親が反対したのは「中学に入る前に新しい同級生と馴染んでおくべき」というのが理由でしたが、結果的にはそうはなりませんでした。それを思うと「もしも私が前の小学校を6年まで過ごして卒業後、中学からこちらに入学していても同じだったんじゃないか」という気もするわけで、6年生の1年だけど新しい小学校で過ごしたことって、マイナスでしかなかったんだなと思っています。

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# by stakec68 | 2017-03-27 17:29 | 自分自身の話

 朝起きてネットにPCを繋いだら、いつものようにYahooトップページが表示されました。そこに「C.ベリーさん死去」との見出しが。シー・ベリー?、誰だ?、映画俳優? 政治家? スポーツ選手?思わず考え込む。記事を開いて分かった、ああ、チャック・ベリーか。いや、すぐに分からなかったのは決して私の「音楽気分」が減退しているせいではありません。もちろん高齢=すでに90歳からこうなっても全然不思議じゃない。でも70歳を過ぎても、80歳を過ぎてもずっとライブをやり続けていたので「不死身」なイメージを持っていたし、しかもそれはすべて「金のため」とはっきり言い切っていしまうような人だったから「殺しても死なない人」と思っていたので、にわかには信じられませんでした。 

  私が彼の存在を知ったのは高3の時。表のサイトのテキストにこんなもの(こちら)を書いているけど、そこで触れている「同じクラスの女子が、クラスの出しものの劇のBGM用にとコピーしたテープを持ってきた」としている「アメリカン・グラフィティ」のサントラに収録されていたJohnny B. Goodeを聴いた時でした。同世代の人は映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマイケルJフォックスが歌っているのを聴いたのが「出会い」という人が多いと思うし、同時に当時は「洋楽ファンの中高生」が多い時代だったので、「誰かがカバーしているのを聴いた」とか、キース・リチャーズが制作した映画「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」で知ったという人も多いでしょう。だけど当時の私は極度の「洋画音痴」「洋楽音痴」だったので「初めて耳にした曲」でした。以降私はオールディーズ=1950年代のアメリカン・ポップスにのめり込んでいくけど、この曲だけはこのサントラに入っているどの曲とも「何かが違う」と感じていたし、よりアグレッシブでインパクトがある曲だと思いました。 

 その後、1987年にビートルズに目覚めると実はビートルズのオリジナルと思い込んでいたRock And Roll MUsicがチャック・ベリーという人のカバーだと知りました。どこかで聞いた名前だなあ。そこで気がつく、そうかあのJohnny B Goodeと同じ人だ。さらにビートルズを知るに従って、実は「ロックン・ロールの創始者」のような大変な人であることを知ったし、ジョン・レノンが尊敬してやまない人であることを知りました。ビートルズからメンバーのソロ、ストーンズ、多くの洋楽ロックとロック、洋楽を聴き進めていけばいくほど、彼の存在の大きさを知りました。多くのアーティストがカバーしている、多くの大物アーティストが彼を尊敬している、多くのアーティストと共演している・・・。ビートルズやストーンズのようなブリティッシュ・ビート・バンドだけじゃなく、ハードロック、パンク、ブルース、ポップ系のアーティストも、さらに欧米だけじゃなく日本のアーティストも・・・。しかもまだ現役で、未だにライブをやっている。実際2000年代まで何度か来日公演もやってた記憶があります。 

 とはいえ私自身は実は彼のCDなどは持っていません。いや別に「興味がなかった」「好きじゃなかった」わけじゃないんだけど、「いつでも買える」ということで後回しにしてしまったというのが正直なところ。あと、彼の曲はどれも有名すぎるし、あちこちで多くのアーティストがカバーしているのを嫌というほど聴かされてきたので、「今更まとめて聴くこともなかろう」というのもあったかも。それと(これは誉め言葉)全部イントロは同じようなフレーズ、リズムもほぼ同じなので、「敢えてまとめて聴こう」と思う機会がなかったのも事実です。だから今回の訃報、ジョージやジョー・ストラマー、ジョン・エントウィッスル、デヴィッド・ボウイの時のような「思い入れの強い人の訃報」という感じではなく、陳腐な表現だけど「ひとつの時代の終焉」のような寂しい気持ちになりました。 

 なんといっても彼がいなければロックン・ロールは誕生しなかったはず。ビル・ヘイリーやエルヴィスもいるだろうという人もいるかもしれないけど、作詞作曲を手がけて自ら歌う、ギターを弾きながら歌う、間奏はギター・ソロ、恋愛ばかりじゃなく「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」とか「モダンジャズには恨みはないが・・・」云々といった皮肉の利いた内容の歌詞とか、これらはまさに彼が生み出したもの。そして何と言っても、あのワンパターンだけど一度聴いたら忘れられないイントロとリフ、あれを「発明」した功績は大きいと思います。あれこそロックン・ロールの象徴、あのイントロとリフは私の「ツボ」で、彼の楽曲に限らずあのリフを聴くと思わず体が反応してしまうくらいです。ディランにノーベル賞をあげるのなら、あのリフを発明した偉大な発明家の彼にもノーベル賞を与えるべきではないでしょうか。 

 まあでも彼のことだから、もし存命でもそんなものは受け取らないだろうし、「そんなものより金をくれ」と言うでしょう。しかしもう高齢なので「いつかこんな日が来る」とは思っていたけど、まさか本当に逝ってしまうとは。でもあのイントロやリフは永遠に残るだろうし、今後もあのイントロ、リフを使用した楽曲は無数に生まれ続けることでしょう。
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# by stakec68 | 2017-03-20 00:15 | 音楽ネタ

 何度も何度も書いてきた通り、低迷が続いていることに加えて「日本人トップ」を狙うばかりで全く世界と戦えない選手ばかりでこの10年ほどガッカリの連続のマラソン。こんなもの(こちら)やこんなもの(こちら)を書いてきた通り、最近では「貴重な休みの日に2時間以上の長い時間が無駄になる」ので、あまり積極的に中継を「見たい」気持ちも薄れています。でもやっぱり「ひょっとすると思わぬ新星が現れるかも」という淡い期待もあるので、時間が合えば思わずチャンネルを合わせてしまうわけですが、結局中継が終わる頃には「見なきゃよかった」となってしまう・・・。そんなことの繰り返しです。

 そして昨日、世界陸上の選考会を兼ねた「名古屋ウイメンズ」が行われました。有望選手の大半は1月の大阪に参加したこともあり、寂しい顔ぶれ。だけど「思わぬ新星が現れるかも」、そんな淡い期待を胸にチャンネルを合わせました。この大会は「ネガティヴ・スプリット=前半抑えて後半勝負」を狙う選手のためのペースメイカーと、「大会記録を狙う」とするリオ五輪銀メダリストのキルワに合わせたペースメイカーが用意されるとか。なんか、下らんことやってるなあ。ネガティヴ・スピリット=後半ペースを上げるといっても、それは「トップに付いて行って、後半上げる」という意味で「前半は遅れてもよい」という意味でもなかろうに。こんなことをすると「優勝を狙う」グループと「日本人トップ狙い」のグループに分かれるだけ、これでは相変わらずの「日本人トップではしゃぐ」醜態を見せられそうだなあと。

 案の定、前評判の高かった選手の大半は「前半抑える」ペースメイカーにつく。相変わらず消極的な選手ばっかりだなあ。だけど果敢に「大会記録狙い=優勝狙い」のペースメイカーに付いたのが、昨年もこの大会で健闘した清田、そしてその清田と同じスズキAC所属、初マラソンの安藤友香。清田はともかく、安藤は私自身もあまり気に留めていなかった選手。中継の中で高校駅伝で活躍したとか、ハーフマラソンの日本代表になったなどのプロフィールも紹介されていたけど、そういう情報はもう聞き飽きた。この数年男女ともそうだけど「ハーフマラソンで活躍」「駅伝で活躍」「山の神」、こんな言葉に何度騙されたか。所詮駅伝は駅伝、山登りは山登り、ハーフはハーフに過ぎない。そんなところで強くても「参考」程度にしかならない。よく言われる通り「30キロの壁」があるのがマラソン。大抵こういう連中は30キロ過ぎに失速する。先週の男子の「びわ湖」でも「駅伝で鳴らした云々」が失速して棄権したばかり。清田はともかく、安藤には何の期待もしていませんでした。どうせそのうち落ちるだろう…。

 だけどペースメイカーが外れても落ちない。落ちたのは清田の方。キルワにただ一人ついていく。それも「後ろに付く」のではなく、ずっと並走。例によって給水で揺さぶってスパートをかけるキルワ、一旦離れそうになるもしっかり付いていく。さらにもう一度、キルワがスパート、それでも離れず。アフリカ勢(国籍はバーレーンだが出身はケニア)に揺さぶられると簡単に離されて、あっという間に差が広がっていく。そんな光景をここ数年、何度見てきたことか。でも離れない。キルワも2回スパートをかけながら離せず、少し焦っているように見えました。おお、これは何かが起こりそう。この辺りから本当に久しぶりにのめり込んでしまいました。33キロ近くに上り坂があると解説の高橋&野口、しかも「上りが得意」との高橋情報も。ここで仕掛けるのも面白いかな、と思いきや、その坂に差し掛かる直前でキルワがスパート。ああ、ここは先に仕掛けて欲しかった。だけど10秒程度の差がついた後、その差が広がることがない。キルワが何度も後ろを振り返って、後ろとの差を確認、こんなキルワの姿は見たことがない。近年は「スパートをかけられた後、差が見る見るうちに広がって、ゴール時は2,3分以上の大差に」というパターンばかり見てきたので、この「差が広がらない」というあたりにもまた驚きました。

 そのままペースを落とすことなく、2時間21分台、なんと日本歴代4位のタイムで2位でゴール。日本歴代1~3位のタイムは野口、渋井、高橋の記録だけど、いずれも男女混合で男子ガードランナーに囲まれてのベルリンでの記録。今回安藤が抜いた21分台を持っていた選手は、千葉真子と坂本直子。正直、2000年~2005年位の女子マラソンは黄金期で、最早あの時代の選手に迫るタイムを出せる選手なんて2度と現れないと思っていました。事実、この数年は2時間24分台、25分台、ひどい場合は27分台で日本人トップになってはしゃぐ選手を何度も見て呆れたし、23分台でも「素晴らしい」と絶賛する解説者、こんな状態がもう10年近く続いてきたから「もうあんな時代は来ない」と諦めていたから。しかも初マラソンの選手がやってのけた、「諦めていた」からこそ、その事実に衝撃を受けたし、自分のことのように嬉しく思いました。

 そしてインタビュー、さすがに駅伝もやっていないような少数精鋭のチームに在籍しているせいか、浮かれたところもなくってストイック。何より今回の結果に浮かれるのではなく、「キルワさんについて行けなかったのは今後の課題。まだまだ世界で戦うには力不足」と発言していたのを聞くにつけ、とても頼もしく思えました。優勝から2,3分遅れでも「日本人トップ」ではしゃいだり、ひどい場合は「勝った」と発言したりする、そんな醜態ばかり見せられ、うんざりさせられたこの数年。でもようやく「日本人トップ」ではなく、「キルワ=世界のトップ」を意識した、非常に意識の高い選手が現れたことが、何より嬉しく感じられました。何度も何度も「新星、救世主現れてくれ」と願いながら、中継を見終わってガッカリさせられ続けたこの数年。だけど今度こそ「救世主」になれそうな選手が出現したようです。

 だけど手放しで大喜びする瀬古ら関係者にも違和感。まだ初マラソン、「一度だけ好成績、後は失速の繰り返し」「大きな故障で走れなくなる」、そんな選手も多く見てきました。古くは小鴨、坂本直子などもそうだけど、一昨年の同大会で「日本人トップ」になった際は「救世主」と思った前田(こちら)も、今は何をしているのやら、復活できるのかどうかすら怪しくなってきたし。大事なのは次。あと「自分から仕掛ける」場面を一度も見ることが出来なかったので、どの程度「仕掛ける」能力や勝負を読む勘のようなものがあるのかも未知数。また世界陸上も五輪も夏のレース、熱さには強いのか、弱いのかも未知数。私は次のマラソン、おそらく世界陸上本番になるでしょうけど、そこで「果たしてホンモノなのか」を見極めたいと思っています。でも久々に希望や期待が持てる選手の出現。そのことを素直に喜びたいと思います。何より「日本人トップ」狙いをしなかったレース運び、「日本人トップ」ではしゃがないインタビュー、こんな選手を待っていたんだから。

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# by stakec68 | 2017-03-13 18:54 | スポーツ・ネタ

 同じタイトルで「(1)」を書いたのがもう4年前(こちら)。あの時もちょうど全く興味のないWBCと同時期で、なおかつ毎日忙しくって、ほとんど時間のない中、眠い目をこすりながらのテレビ観戦だったものです。今年もまたこの時期恒例の女子サッカーの国際大会が行われていて、帰宅後にテレビ観戦していました。
 
 澤の引退、その後リオ五輪に出場できず、ようやく世代交代の始まった「なでしこジャパン」。あの2011年のワールドカップ優勝メンバーの大半がリオ五輪予選敗退後に急速に劣化、長く言われていた通り、世代交代が全くうまくいってないのが現状。でもその一方で若い世代の代表=リトルなでしこ(U-17)やヤングなでしこ(U-20)が世代別ワールドカップで結果を残しており、「ようやくこれから世代交代が始まる」「急に結果を残すのは無理かもしれないけど、これからに期待」という想いもある。だから世間一般では「弱くなる一方だ」とネガティブに捉えている人が多いし、中には「もうブームは去った」という人も多いし、すっかり無関心になった人も多いようだけど、私は「これからきっとよくなる」と楽観的に見守っています。そんな中迎えた、高倉監督になってはじめての、旧世代が去ってはじめての国際大会、不安よりも期待を持って初戦のスペイン戦を観戦しました。

 だけどその初戦のスペイン戦、全く良いところがなく惨敗。「細かくパスを回すばかりでシュートを撃たない」とか、「ディフェンスが脆い」とか、「大事なところで凡ミスが出て失点する」とか、そんなのは男子のA代表をはじめとした今の日本サッカーにありがちなパターンなので別に驚かない。だけど、この試合ではまともにパスもできない、全くパスもつながらない、動きもボール回しも遅い、バックパスばかりで前を向いてのプレーが全くない、とても「代表」には見えない。ほとんど草サッカーか、小学生の体育の授業のサッカー並み。「まだ初戦だから」「経験の浅い選手ばかりだから」といってもこれはあまりにも酷い。「ああ、本当に世間の奴らが言うように日本の女子サッカーって終わったんだな」と思ってしまったし、「もうこんなの見たくない」「地上派でわざわざ中継するなよ」とまで思ってしまいました。

 でも完全に「見限る」ことまでは出来ず、結局第2戦のアイスランド戦もチャンネルを合わせてしまいました。ただし「前半だけ見て同じような試合内容だったら、さっさとテレビ消して寝よう」と思っていたんだけど…。いや、初戦よりはかなり良くなっている。ちゃんとパスも繋がる、シュートも撃てる、時々凡ミスもあるけど、しっかり連携して守備も出来ている。「よし、これならまだまだ希望を持てるかも」ということで最後まで観戦。2得点を挙げた長谷川、U-17のワールドカップや、なでしこリーグの日テレ・ベレーザでの活躍はCS系のチャンネルで見ていたし、その頃からセンスは感じていたもの。「果たしてA代表でも通じるのか?」と思っていたけど、しっかり結果を残したし、やはり存在感もありました。このアイスランド戦で初勝利、続くノルウェー戦では若き点取り屋の横山が活躍して勝利。この2人と籾木の活躍は収穫だったし「このまま世代交代が進めば未来は明るいかも」と今後に期待も持てました。

 そして迎えた最終戦のオランダ戦。きっと良い結果を残してくれる。そう確信しての観戦だったけど・・・。前半にいきなりの2失点。本当につまらないミスからの失点で力が抜けそうに。でも前半の途中からようやくボールが回るようになり完全に日本ペースに。横山のゴールで1点返した後は「いつ同点に追いつき、逆転してもおかしくない」一方的な展開に。ところがボールは支配する、細かいパスは回すがシュートが撃てない、パスも緩いパスやバックパスばかり、見ていてイライラしてくる。まるで「自分たちのサッカー」。その後、オランダに退場者が出て11人vs10人に、さらにオウンゴールで同点に追いつく。以降はさらに一方的にボールを支配しているのに、やっぱりシュートが撃てない・・・。いつ決勝点が入ってもおかしくないのに。そのままロスタイムに突入、決勝点を挙げるか、同点のままPK戦か、そのいずれかだと確信した矢先、不用意なミスからボールを奪われてカウンターを食らって失点して敗れる・・・。

 その失点はまるで、コントかお笑いのような間抜けなミスからの失点。思わず力が抜けました。なんだよ、眠い思いして最後まで見たのに・・・。もちろん発展途上のチーム、メンバーも監督も変わっての出直しの大会、だからいきなり好結果なんて期待しない。ゆっくり世代交代、ゆっくり成長していけばよい。そう思って見守っていたけど、この失点はあまりにもお粗末。そしていつ勝ち越しても不思議じゃない展開なのに、シュートを撃たないのはあまりにも不可解。横山や長谷川が途中交代でいなくなった途端、消極的な攻めばかりになったのもはっきりと分かりました。今大会は同時期にU-23の大会も開催中だったので若い世代のメンバーが分散してしまって、招集できなかった選手が多かったのも事実。今後は今回、そちらに参加していたメンバーを多く招集して、より世代交代を進めて欲しいと願わずにはいられません。特に10番を背負っていた阪口、ベレーザでのプレーと比較すると全く精彩を欠いていたし、あんな状態ならもう代表引退していただきたいものです。あとキーパー、初戦のスペイン戦でミス連発の山根、オランダ戦で何度も危ういシーンのあった山下、こんなのしかいないんでしょうか。こちらは逆に「黄金世代」の海堀の引退が惜しまれるところです。

 ということで世間一般ではWBCの陰に隠れて注目されない大会でしたが、私は世代交代、新しい代表チームに期待して最後まで観戦しました。でも結果は想像以上のガッカリで、「眠いの我慢して見守ったのに」という歯がゆさだけが残りました。だけど個人的には今回U-23の大会の方に参加した選手が合流すればきっともっと良くなるはず、U-17やU-20で活躍した世代が成長すれば絶対に強くなる、まだそう信じていたいと思います。とはいえ、今回の惨敗でますます報道、放送される機会が減っていくんじゃないか、それだけが心配です。

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# by stakec68 | 2017-03-10 00:37 | スポーツ・ネタ

約40年ぶりの本郷猛

 私が初代の「仮面ライダー」を見始めたのは、いつ頃だったのかあまり記憶にありません。なんといっても第1作の放送開始が昭和46年=私が3歳の時だったので「気がついた時には見ていた」感じ。だけどきっとデパート屋上でウルトラマン・ショーを見たのがきっかけで当時放映されていた「帰ってきたウルトラマン」を見始めた(こちら)、それと同じ頃だろうと思います。初代の「仮面ライダー」は全98話、実に昭和48年=私が幼稚園に入る直前まで丸2年続きました。つまり私3歳~5歳の間、正直言えばストーリーを理解して見ることが出来る年齢ではなかったので、はじめて「理解して見た」のは第2作の「V3」からだったと思います。「V3」や「X」は夢中になって見た記憶がはっきりあるし。

 そんな第1作の「仮面ライダー」だけど、昭和50年代=私が小学生になった頃からなぜかあまり再放送されなくなりました。たまに再放送がはじまっても、なぜか「2号初登場」からはじまって、「来週から1号が復活」という直前の話までで終わってしまう。おかげで2号=一文字隼人は見飽きてしまいました。最初は「きっと話数が多すぎるから敢えて2号編だけを流してるんだろう」と思ったけど、毎回毎回なので「何かあるな」と。その後、中学生になった頃に知ったんだけど、実は1号=本郷猛を演じる藤岡弘が「ヒーローものに出ていた」事実を「黒歴史」と思ってるらしくて、1号の出る1話~2号登場直前の初期の話と、復帰~最終回までが放映されないことを知りました。まあ「特捜最前線」や映画で「本格派俳優」として活動していた彼なので、何となく分からなくもないなと。だから「リアルタイム視聴時の記憶が薄いからもう一度見たい」のに、「見ることが出来ない」のが初代「仮面ライダー」、特にライダー1号でした。ところがこの数年はその藤岡弘が一転して「仮面ライダー1号=本郷猛だった」ことを「売り」にするように・・・。そのおかげもあってか、東映チャンネルで久々に1話から放映されていたのでずっと視聴してきました。

 初期=第1話~藤岡弘重傷でリタイヤするまでの話は、おそらく初見だと思います。変身ポーズのない変身、「改造人間である」ことに苦しみ、葛藤する本郷猛とか、言葉を発さないショッカーの怪人とか、全身タイツじゃないショッカー戦闘員とか、「話には聞いていたけど」レベル。でも小さな子供だけをターゲットにしていないこのダークな雰囲気、新鮮で悪くない。ヒロインの緑川ルリ子(演:森川千恵子)も存在感もあるし華もあるしで、後のライダー・ガールズのような「空気」「お飾り」のような存在じゃないのもいい。キャラもルックスも好きです。藤岡弘の事故による「急場しのぎ」なんだろうけど、彼女の主演ストーリーまである。この路線のまま続いていても面白かったかも…。とは思うけど同時に、このままだったら2年も続く人気番組にはなってないだろうし、当然「V3」以降の続編、さらには現在まで続く平成ライダーなんて作られてないだろうとも思います。

 「2号編」になると空気が一変、ライダーは「完全無欠なヒーロー」になって、番組のカラーも明るくなる。変身ポーズ、グロテスクなだけでなくコミカルにも見える怪人、全身タイツの戦闘員、ライダーに協力する子供やライダー・ガール・・・。まさに「ライダーシリーズのお約束」が出来上がっていく。そのカラーは1号=本郷猛復帰以降も不動。今の40代の、ヒーローものを多く見てきた後の現代の目で見ると「ワンパターン」「お約束すぎる」「子供向けすぎる」と思えて、残念ながら退屈と思えてしまったというのも素直な感想でした。何よりウルトラ・シリーズのような「社会への警鐘やメッセージ」もないし、後のライダー・シリーズやヒーローもののような「登場人物の人間ドラマ」のようなものもなく、ただ毎回怪人が現れ、それをライダーが倒す、それだけの話が延々と続くわけだし。

 まあでも、この「基本路線」あったからこそ、後までライダー・シリーズが続いたわけだし、同時に多くのヒーローもの特撮が制作されたわけで、もちろんこの番組の功績は大きかったんだとは思います。つまり今の目で見れば「お約束すぎる」けど、この「お約束」を作り上げたのは他でもない、この番組なんだし。また「ほぼ初見」になる本郷猛には期待していたんだけど、正直言えば今の私には2号=一文字隼人の方が明るくて武骨で魅力的に思えるし、もっと言えばライダーに協力するFBI捜査官の滝和也(演:千葉治郎=千葉真一の弟)の方がアクションのキレもよくってキャラも人間味があって、一番カッコよく思えます。というよりこの滝和也、出来ることなら立花藤兵衛同様、後々のシリーズまで登場させて欲しかったと思ってしまいます。それが無理ならゲストで登場させるとか。ライダー・ガールズや小学生の子供、何の説明もなくメンバー変わりすぎで「空気」なのもなんだか。ショッカー→ゲルショッカーの最期もあっけなさすぎるし。あと少年ライダー隊って、子供を「悪の秘密結社」との戦いに積極的に参加させるなんていいのか? むしろ止めろよと・・・。

 約40年ぶりにようやく見ることが出来た「初代」、今の目で見るといろいろ突っ込みどころもあるし、40代の目で見ると「王道過ぎて退屈」に思える部分もありました。でも「ようやく見ることが出来た」、それだけで満足でした。

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# by stakec68 | 2017-02-28 01:28 | テレビ、芸能

 カテゴリーは「地元」にしたけど、半分くらいは「スポーツ・ネタ」、っていうか、最近こういうのが多い気がしますが・・・・。

 この数年ずっと建設工事が続いていた地元のサッカー・チーム、ギラヴァンツ北九州の新しいホームグランドになる新スタジアム=通称ミクスタが昨日遂にオープンしたんだとか。肝心のギラヴァンツがJ3に陥落して「残念なオープン」になってしまったけど、オープン後最初の試合は実はラグビーの試合。今年がスーパー・ラグビー参戦2年目になるサンウルヴズvsトップ・リーグ選抜のチャリティ・マッチ。チャリティ・マッチと言えども、いわばサンウルヴズの壮行試合みたいなものだし、対するトップ・リーグ選抜も日本代表の選手や代表には手が届かないけどトップ・リーグで活躍した選手ばかりからなるチームなのでレベルもサンウルヴズと遜色がない。例によってJ-Sportsで録画とはいえ中継が行われていたので「ラグビーの試合が見たい」気持ち半分、「市が多くのお金=税金をつぎ込んで作った新しいスタジアムがどんな出来栄えなのかを見たい」気持ち半分でテレビ観戦しました。

 しかし新しいスタジアムなので「キレイ」なのは当たり前だけど、「新しくてキレイ」なだけでなく、純粋にフィールドもスタンドも実にキレイ。2002年のサッカー・ワールドカップに合わせて大きくて新しいスタジアムが日本中にいっぱいできたけど、全部ではないけど「近未来の建造物」のような、キレイだけど無機質で味気ないのが多いというのが正直な感想。それらと比べると大きくはないかもしれないけど、「見栄えが良い」。バックスタンドの向こうにはすぐに海、海の向こうには門司区の風師山や関門海峡の向こうの下関まで見える。サッカーやラグビーの中継のテレビの映像はメインスタンド側から撮った画が中心になるけど、常に画の中には海が映っていて、そういう意味でも「キレイ」に見える。「キレイ」というより「美しい」スタジアム。いや、想像以上にいいじゃないか。さらに試合後のセレモニーの後、観客がスタンド最下段まで降りてきて選手たちにサインを求めている映像もあったけど、随分スタンドとフィールドが近い。きっと現地で見ると臨場感があるだろうし見やすいんじゃないか。その点でも「ああ、いいスタジアムだな」と。市民としては、多額のお金が使われているわけだから、「大きくて立派だけどなんか微妙」なものが造られたら怒りを感じずにはいられなかったところだけど、こんなきれいで素晴らしいものになったのであれば、「よかった」と思わずにはいられません。

 試合の方はチャリティ・マッチとは思えないほど両チームとも熱くて、見せ場も多くて、非常に楽しく、面白い試合でした。特にポジションの重なる地元・北九州出身のベテラン・山田(TL選抜)と期待されている若手の中鶴(サンウルヴズ)の激しいマッチアップが見ていて面白かったです。サンウルヴズも田中らが参加、去年以上に日本代表とメンバーが遜色なくなりつつあるので、昨年よりはやってくれるんじゃないかと思います。試合後の選手と観客の「触れ合い」もよかったし、「こけら落とし」ということで観客もほぼ満員だったしで、「興行」としては成功だったんじゃないでしょうか。

 ただ新スタジアムのある小倉駅北口って昔からそうなんだけど、海が近いせいか、いつの季節も、天気の良い日も悪い日も強風が吹いているイメージ。そのせいか、距離の短い、正面からのPGやコンバージョン・キックが何度も風に流されて外れるシーンがありました。晴れている日でもこれだとしたら、もしも雨でも降ろうものならもっと風が強くなるはず。雨の日に傘をさしてこの辺りを歩いていた時、傘が吹き飛ばされそうになったことが何度あったことか。それを思うと、確かに見栄えの良いよいスタジアムだとは思うけど、立地的にはどうなのかな? と思わなくもありません。まあ、まだ1試合だけなので分からないけど・・・。

 あとせっかくの素晴らしいスタジアムなのに、肝心のギラヴァンツがJ3スタートというのも寂しいところ。J1に上がれていたら言うことなしだったんだけど、せめてJ2残留していれば・・・。果たしてサッカーの試合でも同じように今後も満員になるのかどうか。今後もサッカーだけじゃなく、ラグビーなどほかの競技の試合やイベントなどにも活用すべきでしょう。それだけの価値のある良いスタジアムだと思うから。

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# by stakec68 | 2017-02-20 00:29 | 地元