ここは音楽サイトROCK'N ROLL PEOPLE(http://www.geocities.jp/stakec68/)の管理人が単なるひとりごとを書き捨てるだけのコンテンツです。


by stakec68
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 地味な競技が多いし、もともと全く興味のない「採点系」「演技系」の種目が多いので、冬季五輪には夏季のオリンピックほど夢中になれない私。そんな私でも長野オリンピックはジャンプ勢の活躍もあってかなりのめり込んで見たものだし、前回のソチもはじめは興味がなかったけど、気がつけばのめり込んで見ていたものでした(こちら)。だけど今回は自分自身が忙しくてなかなか見ることが出来ないこと、自分自身が注目したい選手、競技も少ないこと、そして開催地を考えると日本人選手への嫌がらせなどが予想されて気持ちよく見ることが出来なさそうなこともあって、従来に輪をかけて関心が持てず。さらに追い打ちはある国によって「政治利用」されているような動きがあって、純粋にスポーツのイベントとして見ることが出来ないこともあり、ますます関心が持てずで・・・。

 もちろん個人的に注目していた競技、選手もあるので、例によっていくつかの競技は「予約録画→結果をシャットアウトして帰宅後に視聴」しました。前回のソチで初めて試合を見て「面白い競技だなあ」ということに気がつき、同時に前向きに頑張っている選手たちの姿に魅了された女子アイスホッケー。「関心が薄い」中でも数少ない「見たい競技」だったのでスウェーデン戦とスイス戦は録画して帰宅後視聴しました。昨年の最終予選を見た(こちら)時は「成長してるな」と思ったので今回はかなり期待していたのに・・・・。結局は「チャンスは作るがシュートが入らない」「つまらないミスから失点する」前回のオリンピックと変わらない試合内容でガッカリ。いや、心の底からのガッカリでした。事実上初出場のようなものだった前回と違って、もっとできると思っていたのに。急速に気持ちが冷めてしまいました。

 もうひとつ大会前から「見たい競技」だったのが女子スピードスケート。昨年あたりから短距離の小平奈緒、短距離も中距離もいける高木美帆、そして高木姉妹を中心とした団体パシュートが世界記録連発、連戦連勝。しかしバンクーバーで個人的にお気に入りだった(こちら)小平、あの頃は「入賞でも大健闘」レベルだったのに30歳を超えて急速に強くなるとは。またバンクーバーでは15歳で天才少女ともてはやされた高木美帆も、その後の挫折と低迷を乗り越えて成長。それぞれの選手にドラマがあっていい。ということで女子スピードスケートはここまで全種目録画予約して帰宅後、視聴しています。しかし金が期待された1500メートルで高木は銀、1000メートルでは小平が銀、高木が銅。いや、十分素晴らしいと思うし、思わずテレビの前で声を上げてしまうほどよいレースだったけど、なぜか「ああ、悔しい」と思えてしまう。ワールドカップやその他の大会では連戦連勝なのに、なぜオリンピックだけ? そう思うと見ている方もむしろ「悔しい」と思ってしまいます。まだ小平は最も得意な500が、高木美帆も姉と一緒に滑る団体パシュートが残っているので、そこでの金を期待したいと思っています。

 しかし今回の五輪、某国の応援団や政治利用、強風や極寒による大会運営の杜撰さ、採点種目での不可解採点(これだから興味が持てないんだよ)などばかりが取沙汰されて報道されてるけど、むしろ私が個人的に気になるのは「なぜ見たい種目が同じ日に重なる?」ということ。女子スピードスケートとジャンプや複合が同じ日に重なるから、ジャンプも複合も見ることが出来ませんでした。一方で「何も見たい種目がない」日もある。例えば今日なんて久々の休みなのに、ひとつも興味のある種目をやっていなかったし。まあ、これは私自身の関心のある、ないの問題なので、本当に偶然なんだけど…。

 関心のある種目も少ないし、休みも少ないので、あまり見ることもないでしょうし、見ることも出来なさそうです。でもまあ「興味のある種目だけ見ることが出来ればそれでいいや」というのが素直な気持ち。同時に早く日本人選手の優勝=金メダルが見たいものです。

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# by stakec68 | 2018-02-16 00:19 | スポーツ・ネタ
 2000年代後半からすっかり低迷期に入った日本の女子マラソン。トップと2,3分離された「日本人トップ」でまるで優勝したかのようにはしゃぐ、1990年代後半~2000年代初頭に当たり前のように出ていた2時間21,2分台のタイムもめったに出ない…。そんなガッカリが続いたこともあり、徐々に関心も薄れ、めったに見なくなった時期もありました。だけど「ひょっとすると思わぬ新星、破壊者候補が現れるかも」、そんな淡い期待をどうしても拭えず、思わず見てしまうわけですが・・・。そして昨日は1月最後の日曜日恒例「大阪国際女子マラソン」が行われるということで、例によって淡い期待と「どうせガッカリだろう」という想いで「録画予約→結果をシャットアウトして帰宅→帰宅後に視聴」しました。

 今回は昨年の名古屋で初マラソンでいきなり2時間21分台を出した安藤友香、北海道マラソンで優勝した天満屋の前田穂南、そして昨年の日本選手権1万メートルで鈴木亜由子に勝って優勝した初マラソンの松田瑞生の3人が注目選手。テレビ局はやたら松田を推していたけど「トラックの女王の初マラソンは失速」というパターンが多いから個人的には期待しておらず。もちろん駅伝やトラックでは実力者だけど、まだまだ未知数だしむしろあの「イケイケ」な走りはマラソン向きとは思えん。むしろ昨年の名古屋を見て「将来の破壊者候補?」と思った安藤、その実力が果たしてホンモノなのかどうか? そこに注目しての観戦でした。

 小雪も舞う気候のせいかアフリカ勢は失速、やはり注目選手の3人の争いに。テレビ局だけではなく豪華解説陣(増田、高橋、野口、千葉、有森、相変わらず増田がうるさい、邪魔、聞いていて疲れる、何度「誰か放送車から蹴落としてくれ」と思ったことか)も松田を推してる。ドリンクを獲り損ねた安藤に自分のボトルを渡したりの落ち着きとか、ダイナミックで積極的な走りとか、やたら褒めてたけど「いや、果たしていつまで持つか分からんぞ」と。その後、30キロ前でペースメイカーを置き去りにして前田穂南が仕掛け、それを松田が追う。やがて一度落ちた松田が前田に追いつき、一気に追い越して独走態勢に。積極的なレースしてると思うし、豪快で力強い走りだとは思うけど、いや、最後まで持つまい・・・。ところが気がつけば40キロ、さらに気がつけば競技場が見えてくる。おいおい、本当にこのまま逃げ切るのか?と思っているうちにゴール、タイムも2時間22分台。そしてゴール後はいつもの「明るい」と「うるさい」紙一重のインタビュー。走りも力強く、キャラもよくで、「新たなスター候補出現」と。いや、確かに私自身も「破壊者候補が出てきたな」と思うし、一方で「勝手に『失速する』と思い込んですみませんでした」と言いたい気分なのも事実です。だけどなぜか素直に「ついに破壊者候補が現れた」「これから女子マラソン界が明るくなる」と喜べない。それはなぜかというと…。

 いや、これって何度も見てきた光景。2000年代後半に女子マラソンが低迷期に入って以降、2011年にこんなもの(こちら)、2015年にもこんなもの(こちら)、そして昨年3月にもこんなもの(こちら)を書きました。これらを書いた時の私は心の底から「ついに破壊者候補が現れた」「これから女子マラソン界は明るくなる」と信じていました。だけど2011年の過去ログに書いた尾崎は「日本人トップ狙いで優勝を狙わない」消極レースをする選手になり下がってしまったし、中里は故障や病気であっさりいなくなったし、2015年に触れた前田彩里は故障で長く低迷してしまったし(最近ようやく復帰)。何よりまだ記憶に新しい昨年3月に触れた安藤、昨年の世界陸上で一度失速しただけで自信喪失、今回も全くいいところがなかったし、メンタル的に弱いのか? このままで消えてしまうのでは?というほどネガティブなコメント連発しているし。他にも2015年の前田彩里について触れた過去ログでチラッと名前を出した竹中理沙も結婚、引退と聞きました。マラソン本格挑戦する前に引退した小林祐梨子、新谷仁美、絹川愛・・・。

 確かに今回の松田の力強い走りとポジティブなキャラクター、ペースメイカーを置き去りにしてスパートをかけた前田穂南の積極性は、ここ数年の日本人選手に見られなかったものなので思わず期待してしまう。反面「まだ騒ぐのは時期総尚早」「過度な期待は禁物」と思ってしまって素直に喜ぶことが出来ない、これが私の偽らざる本心です。事実まだ3回目のマラソンなのに「予想していた展開と違ったので何もできなかった」云々ネガティブなコメントを連発したり、実際「何もできない」まま終わった安藤。いや去年の3月の名古屋を見た時には「女子マラソン界の将来は薔薇色」と信じていたのに、たった1年でこれだから。そう思うと「もうしばらく様子を見ないと分からん」と思わずにはいられません。

 3月の名古屋にもあくまでも噂レベルだけど鈴木亜由子、関根花観、上原美幸らが初マラソンとか、小出が「高橋尚子以来の逸材」(何人目?)と絶賛する鷲見とか、故障から復活の前田彩里らが出場するらしい。メンツだけ見ると「この中から新たな破壊者候補が出るかも」と思わず期待したくなる一方「過度な期待してもガッカリさせられるだけかも」という想いも拭えません。とにかく1回だけで過剰な期待は禁物。こんな捻くれた見方をするんじゃなく、純粋に「おお、破壊者候補、スター候補が出てきた!」って喜ぶことが出来た方がいいんだろうけど。素直にそうできない自分が歯がゆくも思われます。

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# by stakec68 | 2018-01-29 23:58 | スポーツ・ネタ

卓球新時代?

 ロンドン五輪ではじめてまともに見て、その後2014年5月の世界卓球の中継(こちら)で本格的にはまった卓球。日曜日に日本選手権の男女シングルス決勝戦が行われていたので、例によって「録画予約→結果をシャットアウトして帰宅後テレビ観戦」しました。

 女子は一昨年のリオ五輪後、福原愛が結婚、出産のためお休み。同時に昨年の日本選手権決勝で石川佳純をパワーでも早さでも圧倒した平野美宇を見て「あっという間に時代が一歩も二歩も進化した」と感じたものだったし、その後時間が合わずにテレビでいることは出来なかったけど、世界卓球でも平野、リオでも活躍した伊藤美誠、福岡県中間市出身の早田ひなの17歳トリオの躍進ばかりが目立ったしで、1年ですっかり世代交代。福原どころか、リオの頃まで「エース」扱いだった石川佳純すら「一時代前の人」に映るほど、たった1年で大きく時代が変わった印象。そして今回の決勝も厭う伊藤vs平野の17歳対決に。

 昨年の決勝で石川を圧倒して17歳の3人の中で一歩リードしたかに見えた平野を、早さ、力強さで圧倒して伊藤が勝利。いや、たった1年前に平野を見て「おお、時代が変わった」と驚かされたのに、その平野を上回る早さ、強さ。そして例によってリオの時同様、大変なことをやっているのにケロッとした態度、発言。リオの時(こちら)に「まだ経験が浅い分、怖いもの知らずなんだろう」とリンク先に書いたけど、昨年はちょっと低迷、その挫折を乗り越えてきた分、さらにメンタルも、実力もアップした印象。当然平野や早田も伊藤が活躍すれば奮起するだろうし、どこまで伸びるか? 中国の牙城を壊せるか? 今後が非常に楽しみなところ。当然石川もこのままでは終わらないだろうし・・・。

 一方の男子。昨年の世界卓球で張本なる中学生が躍進して話題になっているのはネットや新聞で見かけたけど、先も書いた通り、時間が合わずに見ることができませんでした。世間一般では「叫び声がうるさい」とかで強い割にはアンチが多いみたいだけど、どれ、どの程度強いのか? ずっとエース格として男子卓球を引っ張ってきた水谷隼との決勝ということで注目して見ていました。

 ところが、あの水谷が一方的にやられる。テクニックでもパワーでも数段張本の方が上。まるで中国選手並みの早さ、強さ。まあ、両親が中国人らしいので、当然といえば当然でしょうけど。しかもこれで14歳、あまりの強さに驚愕でした。一方で「叫び声」だけど・・。最近のマスコミも、ネット上で発言する人たちも、以前と比べると過剰な報道、過剰反応が多いので「バレーでもテニスでもバドミントンでも叫ぶ選手は多いし、別に珍しくもないのに、大げさに騒ぐな」「どうせ昔の星野仙一や郭源治みたいな感じだろう」と思っていたもの。だけどその声の大きさ、オーバーアクションは私の想像をはるかに超えるものでした。試合の内容を忘れるほど。いや、これはちょっとやりすぎでは? まあ私は「批判する」「叩く」まではいかないけど、ちょっと引いてしまったし、純粋に「ビックリした」というのが素直な感想です。こちらもまた「末恐ろしい14歳」なんだけど、「強さ」よりも「声」ばかりが印象に残ってしまいました。

 というわけで男女ともまさに「新時代」という感じ。リオ五輪から1年半しか経たないのに、急激な世代交代、しかも早く、力強く急激に「進化」したという感想を持ちました。今までは「絶対に勝てない」と思ってきた中国勢に勝てる日が来るのでは? そんな希望を持たずにはいられません。また3階席まで超満員の観客席、派手なライトやBGMの演出、大きく取り上げるメディア・・・。1980年代にこの卓球全日本選手権、亡き父がテレビで見ていたけど、ほとんど観客もおらず、静かで暗い体育館の中で行われていたもの。漫才師が「暗いスポーツ」と称していたし、私もそんな偏見を持っていたけど、その点でも「時代は変わったなあ」と思いました。もうひとつ、解説が福原愛、しかも的確な分析、選手への優しさと思い入れ、非常によい解説でビックリ。そこでもまた「時代は変わったなあ」と・・・。


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# by stakec68 | 2018-01-23 00:03 | スポーツ・ネタ

燃える男・・・

 年明け以降も休みがなくって忙しいけど、書かずにはいられない訃報があったので・・・。

 休憩時間に何気なくYahooにアクセスしたら、なぜか星野仙一の写真があちこちに。一体何事?と思ったら、なんと「逝去」の文字が。この数年、突然の訃報で驚かされたことが何度もあったけど、おそらく千代の富士や平尾誠二の時と同じくらいの衝撃でした。確か昨年末に「野球殿堂入りの式典に参加した」というニュースも見かけたし、全く前兆もなかったので尚更。私が「野球離れ」したのは2004年のことなので、もう見なくなって随分経つけど、ああ、俺が夢中で見ていたプロ野球=「俺のプロ野球」がまた遠い昔のことになってしまったんだ、そう思うと寂しく思われたし、またしても大きな「喪失感」を覚えずにはいられませんでした。

 何度も書いてきた通り(こちらとか)、私がプロ野球を見始めたのは1975,6年頃=小1か2くらいのことでした。当時のプロ野球は気持ち悪いくらいの「巨人一辺倒」。「巨人以外は野球じゃない」とでも言いたげな報道ばかりで、周りの同級生も全員が巨人ファン。アンチ巨人の父の影響もあって私は「洗脳」されず、むしろ「なんで1チームだけ特別なんだ?」という疑問を感じていました。あちこちで書いてきた通り、1975~1985年頃までの私は広島ファンだったけど、テレビをつければ巨人戦ばっかり。仕方なくテレビ中継を見る時は「巨人の相手チーム」を応援しながらテレビ観戦していました。

 そんな中、巨人に対して敵意むき出しで向かっていく一人のピッチャーに心惹かれました。それは当時の中日のエースだった星野仙一。特別玉が速いわけでもないし、20勝以上挙げるようなピッチャーでもない。だけどマウンド上でいつも闘志むき出し。バッターを打ちとるたびに雄たけびを上げて、派手なガッツポーズ。打たれればグラブを叩きつけて悔しがる。とにかくその姿を見ているだけで惹きつけられてしまう。剛速球があるわけでも、三振をバッタバッタと奪ったりするわけでもないし、際立った変化球があるわけでもないのに、気迫がものすごくって鬼気迫るものが。いや、こんなピッチャー他にいないだろう。特に巨人が相手の時は尚更。巨人ファンの同級生たちは激しく嫌っていたけど、おそらく巨人ファンから見れば「嫌なピッチャー」だったに違いありません。広島ファンだったけど、個人的には好きなピッチャーでした。200勝には遠く及ばない146勝しかしていないので実績だけでいえば「大投手」ではなかったかもしれないけど、存在感は際立っていたし、私の中では「記憶に残るピッチャーの一人」だし、「好きだったピッチャーの一人」だったことは間違いありません。

 その後1982年に若くして引退。引退後はNHKの解説者になったけど、同時に日曜日の夜の1時間のスポーツ・ニュース「サンデー・スポーツ」のメインキャスターに。今でこそ「元スポーツ選手のキャスター」って珍しくないけど、当時としては異例。しかも「メインキャスターはアナウンサーで、その横でコメントを述べるだけ」のキャスターなら他にもいたかもしれないけど、メインキャスターを務めたのは彼がはじめてでは? 野球だけではなく、他のスポーツのことも熱く語る。明治OBなので大学ラグビーを語ると明治に肩入れしたり、「チームのために自分を犠牲にする」ラガーマンの素晴らしさを語ったり、相撲に関しても身振り手振りを交えて解説者の親方と熱く語ったり、高校野球の話題の時は、自らが甲子園出場が叶わなかったこともあって、高校球児に「この舞台に立てることを誇りに思って欲しい」「周りの様々な人たちサポートがあって出場できたんだから感謝の気持ちを忘れずに」と語りかけたり…。一番よく覚えているのは1985年サッカー・ワールドカップ・アジア最終予選で日本代表が韓国に惜敗して、ワールドカップ出場を逃した時「相手はプロ、日本のサッカーもプロ化すべき」と熱弁をふるったこと。「お仕事の一環」として野球以外のスポーツを仕方なく語るのではなく、ホンキで野球以外のことも熱く語る、その姿に大いに共感させられたものでした。それなだけに1987年に中日の監督に就任した際は「ああ、もうこれでキャスター・星野とお別れか」と寂しく思ったものでした(こちら)。

 正直、監督になってからの星野仙一にはあまり思い入れはありません。でも現役時代さながらの「熱血漢」でチームを引っ張る姿は「闘将」そのものだったし、現役時代同様、強烈な個性と存在感があったのは間違いありません。何よりピッチャーとしてより、監督としての実績の方がはるかに上だったし。だから野球殿堂に入るなど高く評価されているのはむしろ、選手としてというより監督としての星野仙一の方なのは間違いありません。「鉄拳制裁」を振るい、選手を激しく恫喝する、それでも選手に慕われていた、それは彼自身が単なる「パワハラ・オヤジ」ではなく、「愛情あふれる雷親父」だったことの現れだと思います。選手のことを本気で思うからこその鉄拳、恫喝。キャスター時代、頑張っている選手には温かい言葉をかけていたし、それが彼の本来の姿だと私もいつも感じていました。また珍プレーなどに登場した乱闘、抗議のシーンも、確かに「熱い」んだけど、単なる「暴力オヤジ」じゃなく、人間味に溢れていて、だからなぜか見ていて笑えたものでした。

 世間一般では監督としての評価の方が高いんでしょうけど、私には「巨人に闘志むき出しで真っ向から向かっていくピッチャー」としての姿、そして「野球以外も熱く語ってしまうスポーツキャスター」としての彼への思い入れの方が強いというのも正直なところです。だけどもちろん「闘将」としての姿も強烈に印象に残っています。ああ、またしても「俺が夢中になっていたプロ野球」が過去のものになってしまった、そんな寂しさを感じずにはいられません。

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# by stakec68 | 2018-01-07 01:18 | スポーツ・ネタ

Eight Days A Week

2018年最初の更新になりますが、例によって「改まった挨拶嫌い、苦手」&「どうせ定期的に見ている常連さんなんていないだろ」&「あくまでも自分の生存確認のために書いているだけ」なので特別な挨拶等はなし。

 さすがにギリギリまで忙しかった私といえども、大晦日の夜になると「年の変わり目、時代の変わり目を意識する」→「死への階段を一歩ずつ登っていく」ことを意識して気持ちが鬱になりそうに。一方で2010年代に入って以前と比べると静かになったとはいえ「年末年始のバカ騒ぎ、特別感が嫌い」なので、地上波テレビなど見ようとも思わないし、そうした流れから目を、関心をそらしたい。さて、どうやって過ごそう。内山が王座陥落、引退したからここ数年の大晦日恒例だったボクシングもない。そこでようやく映るようになったテレビのチャンネルを地上波、BS、ケーブル局、様々ザッピングしてみる。するとあるBS局でビートルズの映像が。これはいったい何? と思っていると今から映画Eight Days A Weekが始まるらしい。

 この映画は2016年に公開され、DVDも発売されているビートルズのドキュメンタリー映画。公開当時既にビートルズ離れ、洋楽ロック離れして10年近く経ってしまっていた私だけど、ネット上で映画の情報はいくつか目にした。正直、もう関心も薄れているし「ビートルズのドキュメンタリーもの」は1990年代にその決定版ともいえる「アンソロジー」が出た時に「もうこれ以上目新しいものは出てこない」と思ったし、その後もCS局などでいくつかドキュメンタリーを見てきたけど「同じエピソードばっかりでうんざり」「本人たちと接点のない評論家の知ったかぶり解説ばかりで見てられん」ものばかりだったので「もうおなか一杯」状態。だから別に公開当時は特に関心は持たなかった。だけどテレビで無料で見れる、なおかつ「年越し前後の2時間程度気を紛らわせる」にはちょうど良い。ということで思わず視聴してみました。

 まあ、もうビートルズ・ヒストリー自体は「食傷」なので、特に目新しい話は出てきませんでした。だけど、敢えてテーマを「ビートルメニアの登場からイギリス制覇、アメリカ進出と世界制覇、それに伴って世界中に広がったビートルズ旋風」のみに限定した内容。つまりよく語られる音楽性とか、メンバー間の関係とか、そうしたエピソードは必要最小限にとどめて、テーマを絞って制作されたドキュメンタリー。最早「語り尽された」ビートルズの歴史なので、そうした純粋な「ヒストリーもの」を今更制作しても「似たり寄ったり」の内容になって新鮮味がないし、何よりも「アンソロジー」という決定版が出た以上、それを超えるのは不可能。だから敢えて「テーマを絞った」描き方というのは、最早関心も薄れ、「おなか一杯」状態の私でも新鮮で面白く、興味深く見ることが出来ました。

 特にメンバーや当時の主要スタッフだけでなく、密着取材してメンバーと親しくなったというジャーナリストの話が新鮮でした。アメリカ・ツアー時に、プロモーター側の客席を分けるとか、白人限定入場などの「黒人排斥」な動きに対して真っ向から反発した4人の発言に言及したのははじめてでは? ヒストリー本などでも1行程度触れられていたものは見たけど、こんなに時間を割いたものは初めて。そして何よりライブ映像。いや、ライブ映像は「アンソロジー」もそうだし、それ以前にブートなどで多く見てきたので「初めて見た」映像はなかった。だけど1964年初渡米時のワシントンのライブ、1964年暮れのポール・ウィナーズ・コンサート等、今まではかなり汚いノイズだらけのモノクロ映像しか残っていなかった「おなじみのライブ映像」がカラー化されていたのに衝撃でした。いや、あの映像は本当に当時カラーで撮られていたものではなく、後から着色されたものだとは思うけど、ノイズいっぱいのモノクロだと「歴史上の資料」にしか見えなかったのに、カラーだとリアリティも増すし、何よりも臨場感が格段に違う。特に当時の会場がどれだけ大変な騒ぎになっていたのか、よりはっきり分かりました。

 そしてあくまでも「ビートルメニア現象」だけを追ったドキュメンタリーなので1966年のライブ活動終了までであっさり終わってしまうあたりもよい。そういえば「ストーンズのダークサイド」だけを追ったドキュメンタリー「クロスファイヤー・ハリケーン」なんて映画もあったっけ。これは「黒い帽子を脱いだ」(キース談)1970年代末までであっさり終わるけど、あれと同じ。いや、最早純粋な「ヒストリーもの」が散々作られて食傷気味なアーティストであっても、こういう「テーマを絞ったドキュメント」ってのは「ロック離れ」した私でも純粋に楽しめます。きっと(10年くらい前までの私のような)ロック・オタク系の人たちは「描き方が薄い」とか「ちゃんとその後まで描け」とか言いだすんだろうけど…。

 というわけで「繰り返し見たい」とか「ものすごく感動した」とかいうことはないけど、いい感じで時間を過ごすことが出来たし、「見飽きたストーリー」なわりには楽しんで見ることが出来ました。しかしジョンとジョージだけではなくジョージ・マーティン、ニール・アスピノール、デレク・テイラーら、当時を知る側近がどんどんいなくなっていることに改めて気がつかされました。私がビートルズにのめり込んだ頃、ジョンは既にいなかったけど、それ以外の人は元気で、こういう企画にはたびたび顔を出していたのに…。

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# by stakec68 | 2018-01-02 16:03 | 音楽ネタ

何か知らんけど・・・

 気がつけば大晦日ですか・・・。今日まで休みなし。数年前まで「年末年始になると気分が鬱になる」とか書いてたけど、今ではギリギリまで忙しいから「気がつけば」という感じ。なので全く「年の変わり目」云々を意識することすらありませんでした。

 同時に「1年を振り返る」気にもならない。特に何も印象に残ってないし・・・。しかし「週に1回は何か書く」を目標にやってきたけど、忙しすぎる分、世の中の流れを意識することもないし、世の中の出来事に関心を払っている余裕もないので「書きたいネタ」もない。母のことがあるし、連休もとれないのでかつてのように泊りがけの放浪は出来ない、休みがめったにないから休みの日はぐったりしているので「日帰り放浪」もしたいと思わない、夏場テレビが映らなかったから見たい番組、見たいスポーツ中継も見ることが出来ず、懐かしテレビ・ネタもスポーツ・ネタも書けない…。そんなこんなで、ここもあまり書けなかったけど、来年は「週1回何か書く」の目標だけは達成したいと思います。ここは「人に見せる、見られる」ことを意識していない一方、「自分の生きている証」として書いてるんだから・・・。

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# by stakec68 | 2017-12-31 20:56 | 自分自身の話

奇跡の癒しの女神様

 福岡県内のバス会社といえばほぼ西鉄バスの独占に近い状態。私は通勤にその西鉄バスを使用しています。西鉄バスのいくつかの大きなバス停には屋根と大きな広告のついた看板が設置されています(こんな感じ)。おそらく12月上旬頃からでしょうか、思わず息を飲むような、それでいて見ているだけでホッとさせられ、癒される広告が登場しました。缶コーヒーを持って優しい笑顔で微笑む可愛らしい女性、そして「ありがとう、おつかれさまです」の文字。いや、本当に毎日忙しくて疲れ切っている私だけど、帰宅時に乗り換えのためにバス停に立っている時、またバスに乗っていてバス停に近づいた際にこの広告が目に入った時、まるで自分が語りかけられ、微笑みかけられているような錯覚に陥ってしまいます。思わず疲れも吹っ飛んでしまいそうになるし、同時に夢見心地な気分になる。まるで魔法にかけられたような、そんな気分。

 持ってるコーヒーはFireとあるので、ああキリンの広告なんだということは分かった。だけどあの、まるで女神様のように可愛らしくて、強烈な「癒し」のオーラを発している女性は一体誰なんだ? おそらくテレビでCMが頻繁に流れてるんだろうと想像はついたけど、何しろ「地上波離れ」して久しく、スポーツ中継以外全く見ないのでFireのCMなんて一度も見たことがない。思わずネットで検索する。そして検索結果にビックリ…。

 なんとあの女性は石田ゆり子? いや、いくら地上波テレビ離れした私といえども、1980年代末からテレビで活躍してる人なので石田ゆり子くらい当然知ってる。でも石田ゆり子って確か俺と1歳しか違わなかったはず。私はバス停であの広告を見た時「20代後半~30代前半くらいの女性」だと信じて疑わなかった。どう見たってそれくらいにしか見えない。だから俺が地上波離れして以降デビューして、ここ2,3年ブレイクした最近のタレントだと思い込んでいた。いや、あれで48歳? もちろん「年の割に若く見える」タレント、「いつまでも老けないタレント」っているけど、どこにも48歳に見える要素がない。いや、これは奇跡だろう。

 それに私が知ってる石田ゆり子って、20代の頃は「美人過ぎて可愛げがない」「ツンツンしていて近寄りがたい」というイメージを持っていました。キャンギャルあがりで、その後はトレンディ・ドラマばっかり出てたので「高嶺の花」な感じで、身近な印象が持てなくって。だから美人だとは思っていたけど、私の中では好感度は低かったもの。そして30代になった頃からは一転して「不機嫌な果実」とか、エロっぽい路線にシフトしていったので、やっぱり庶民的な印象はなかったし、同時に「無理に背伸びして老けた役ばっかりやってる」というイメージを持っていました。だからデビュー以来常に間違っても「癒し」を感じさせられる存在ではなかったはず。むしろ「実際にあったら緊張してしまいそう」な感じで、私の中では好感度も高くなくって、「全く関心の持てないタレント」でした。それがあの包み込むような優しい笑顔、見ているだけでホッとさせられる「癒し」のオーラは何だ? 

 というわけで「48歳にしては若すぎる」ことと「以前とイメージが全く変わった」ことで2度ビックリしました。いや、20代の頃よりも、30代の頃よりも、今の方がはるかに(キレイというより)可愛いし、はるかに親しみやすいし、はるかに魅力的。いや、48歳にして魅力を増す女性タレントって、私が知る限りはじめて。いや、これは奇跡だろう。まさに奇跡の48歳、奇跡の女神様・・・。

 一方で、動画サイトで何パターンかあるそのFireのCMの動画を見てみました。だけど動画で見ると魅力半減。台詞やシチュエーションがわざとらしいので「あざとい」感じがしてしまう。CMの監督かプロデューサーか演出家かの手腕の問題かなあ。決して「ダメ」とは言わないけど、写真だけのバス停広告の方がよりインパクトがある。同時に「癒し系女性タレントを使った缶コーヒーのCM」といえば、なんか昔見たことがるような・・・。そうだ1990年代のジョージアのCM、飯島直子がやってたじゃないか。ひょっとすると「オマージュ」のつもりなのかもしれないけど、残念ながらこれでは二番煎じじゃないか。まあ、私はヤンキー顔の飯島直子を見て「癒された」ことは一度もなかったけど、世間一般の連中は「癒される」とか騒いでたっけ。そこもまた残念。うーん、やっぱりCM=動画よりも、バス停で見かけた広告=写真の方が数段魅力的でインパクトがある。

 西鉄バスの広告、1か月か半月くらいで差し替えられるので「癒しの女神様」を拝めるのはあとわずかでしょう。それを思うと寂しいけど、撤去されるまでのしばらくの間は、この笑顔に「会える」ことを「帰宅時のささやかな楽しみ」にしていきたいと思います。

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# by stakec68 | 2017-12-19 00:05 | テレビ、芸能
 忙しすぎるせいでなかなか書くことが出来ず、少し前のネタになってしまいますが…。

 何度かここに書いてきた通り(こちらとか)、私がマラソン中継を見るようになったきっかけは、1978,9年頃に父がつけていた「福岡国際マラソン」の中継を何気なく隣で見たこと。まだオリンピックの次に大きなマラソンの国際大会といえば、ボストンと福岡でした。単なる「国内で行われる国際大会」ではなく、毎年のように世界の強豪がそろって参加、そんな中で海外の選手を振り切って表彰台を独占していた瀬古や宗兄弟に熱狂させられたものでした。以降、私にとって「12月のスポーツで一番楽しみなイベント」でした。その後もこの大会がオリンピックの選考会になっていたし。1980年代後半から国内でも海外でもマラソンのレース数が多くなっていったこともあって、次第に「世界の強豪の大半が揃う」ほどの大会ではなくなっていったけど、それでも特別な重みのある大会でした。それが1990年代末頃からだと思うけど、日本の実業団が前以上にマラソンより駅伝に力を入れ始めるようになると、実業団駅伝が元旦開催になったこともあって、海外どころか、国内の有力選手すら集まらなくなってしまって…。気がつけば2月の東京、3月のびわ湖よりも地味な大会になり下がってしまいました。同時に2000年代半ば以降、日本のマラソン全体がどん底状態。瀬古や宗兄弟、中山、谷口らが当たり前のように出していた2時間8分台すら出ず、優勝から3分以上も離されたレベルの低い「日本人トップ争い」ばかり見せられて・・・。そんなこんなでもう10年以上も男子マラソンには何の期待も持てず、同時に福岡国際もそれほど「楽しみな大会」でもなくなっていました。

 ところが今年はちょっと様子が違う。相変わらず実業団の選手は駅伝の方が大事だからか、ほとんど出場しないけど、実業団を辞めて海外でプロランナーになった大迫傑が出場するという。箱根駅伝に全く興味がなくって結果すら見ない私なので、「箱根で活躍した」「大学時代に有名だった」云々といわれても「どの程度強いのか?」疑問ではあったけど、マラソンに専念するために実業団を辞めて海外に渡った選手というのははじめて。1980年代までは、駅伝なんて若い選手にとっては「マラソンを始めるためのステップアップの場」だったし、既にマラソンで実績のある選手にとっては「単なる調整の場、顔見せの場」に過ぎなかったはず。なのに今ではニューイヤー駅伝で「今日のために1年間頑張ってきた」などと平気で言う志の低い実業団選手ばかりでうんざり。敢えてそんな実業団を飛び出してたった一人でマラソンに専念する道を選んだ選手、果たしてどこまで出来るのか? 興味があったので(出勤だったので)録画予約して帰宅後、結果をシャットアウトした状態でテレビ観戦しました。

 いつものようにペースメイカーが離れる30キロまでに大半の日本人選手は離脱。案の定「山の神」云々持ち上げられていた選手も予想通りあっという間に脱落。それでも先頭集団に残る大迫。その後離されたものの、2時間7分台で3位でゴール。一時期は6分台が出そうなペースだっただけに残念だけど、低レベルな「日本人トップ争い」ばかり見せられてゴールする頃には気持ちが萎えてしまうことが多かった男子マラソンを思えば、最後まで引き込まれ、興奮させられたのは久しぶりでした。いや、もちろん「1回だけ好記録、後はフェイドアウト、または故障で短命に終わる」人も多く見てきたし、今回も優勝者のタイムからは1分以上離されているので手放しで「日本のマラソン界に希望の光が」とまでは言えないのは事実。だけどゴール後「日本人トップ」「久々の日本人の7分台」「自己のベストタイム更新」なのに全く嬉しそうにせず、むしろ憮然とした表情だったのが印象的でした。「優勝から2,3分離された日本人トップでまるで優勝したかのようにはしゃぐ」間抜けな日本人選手ばかり見せられた近年、だけど彼は全く満足しておらず、むしろ出てくる言葉は反省の弁ばかり。むしろそのことが頼もしく思えたし、きっともっと強くなりそう、そんな期待を持たずにはいられません。

 また「駅伝偏重の実業団を辞めて、マラソンに専念するために単身で海外に出た」パイオニアなわけだけど、それでいきなり結果を出したことも大きな意味があると思います。彼の姿を見て「駅伝は大学まで→卒業後はマラソンに専念したいから実業団に行かず海外へ」という選手が今後も増えれば、「駅伝偏重でマラソンに専念できず強くならない」この20年ほどの男子マラソンの弊害も解消されるかもしれません。また彼の姿を見て「よし、俺も」と実業団を飛び出す選手も出て来るかも。これはよい傾向かも、新しい時代が来るかも、歴史が大きく変わるかも、そんな期待を持たずにはいられません。

 もうひとつ、2時間5分台の好タイムで優勝したのは、アフリカ人ではなくノルウェー人のモーエン。ここ10年位、マラソンといえばアフリカ勢ばかりが好タイムを連発して「もうアフリカ人以外は勝てない種目になった」と言われていたもの。だけど昨年のリオ五輪でアメリカ人が銅メダル、イギリス人やスイス人も優勝争いに絡んだし、今年の世界陸上でもイギリス人、イタリア人が優勝争いに絡み、入賞。どこも「アフリカ勢独占状態」になる前はマラソン強国だった国ばかり。まだまだアフリカ勢以外でも上位に入る可能性はゼロではないのでは? という気がしてきました。実際、アフリカ勢を突き放して優勝したモーエンの走りは「新時代」を感じさせるほど衝撃的なものだったし。だとすれば日本人だってまだまだ諦めるのは早いのでは? ただ実業団にいたのではダメ。大迫が今拠点にしているのは、昨年の五輪で「復活」を遂げて銅メダルと入賞者を出したアメリカなわけで、そこで揉まれている大迫にはやはり期待せずにはいられません。

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# by stakec68 | 2017-12-09 00:12 | スポーツ・ネタ
 何度も何度も書いてきた通り、大相撲なんて見なくなって20年以上になるけど、今月初めからのゴタゴタと、それを取り巻く人たちの態度、発言、そしてそれを伝えるメディアの報じ方など、「おかしい」ことばかり。まあ、もともと「ちょっとおかしい世界」だったし、マスコミがおかしいのも今始まったことではないんだけど…。

 まずことの発端は「現役の横綱が別の部屋の平幕力士に暴力をふるってけがをさせて警察沙汰になった」こと。にもかかわらず「本当のところ何を使って殴ったのか?」とか、「殴られた側も態度や発言に問題があった」とか、「殴られた力士の師匠=貴乃花親方の態度が不可解」とかいらない情報ばかり。しかも引退したモンゴル出身の元横綱とか、自称・大相撲に詳しいジャーナリストとか、被害者の兄とか、いろんなその場にいなかった人=部外者が勝手な発言するから余計に面倒なことに。いや「殴られた理由」とか、「何を使って殴ったのか」とか別に大して重要な話じゃない。師匠の態度もどこが「不可解」なのか全く分かりません。もしもこれが相撲界じゃなく、普通の社会で「ある会社の先輩が系列の別会社の後輩を酒の席で殴った」事件だったとしたら、「何を使って殴ったのか」とか「被害者の態度や発言がどうだったのか」とか関係なく「理由はどうであれ、手を出した側が悪い」という単純な結論に至るはず。「いじめはいじめられる側に問題がある」とかいう狂った主張をする人もいるけど、それに似たような理屈。また「被害者の会社の社長が『うやむやにされる』ことを恐れて、相手の会社の社長のところではなく直接警察に行った」としてもそれほど「不可解行動」には思えない。会社の関係者が「不可解」というのは分かるけど、部外者が「不可解」と感じる理由がよく分かりません。なんか「うやむやにしよう」「問題を師匠の行動が悪いように報じて問題をすり替えよう」としている一部の輩の思惑が見え見えで気持ち悪いです。

 それと肝心の九州場所でも白鵬が「物言い」を主張して審判や行事に「抗議」するような態度をとったという前代未聞の報道も。いや、この20年位は相撲は一度も見てないけど、少なくとも私が相撲を見ていた頃は絶対にお目にかかれなかった光景。相撲って「神事」のはず。そこに「抗議」という行動が入り込む余地なんてない。多くの観客の前で実に見苦しい。追い打ちは千秋楽の優勝インタビューで、その白鵬が今回の事件の被害者と加害者になった2人を「もう一度土俵に戻す」と発言したとか。いや、いくら横綱といえど、いち力士にそんな権限や権力があるんでしょうか? 処分するも、復帰させるも、決めるのは協会では?まして警察に被害届が出ているので最早刑事事件。捜査の結果次第では協会が望んでも復帰させることが出来ないかもしれないのに。そして土俵上で万歳三唱? 一緒に万歳した観客といい、この人の態度といい、最早正気の沙汰とは思えません。まるで「新手の宗教」みたいじゃないか。

 いや、もともと相撲界ってちょっと普通じゃない世界だったけど、もはや普通の社会常識すら通じない不可解で狂った世界になったようです。貴乃花親方のことを「不可解」「不可解」と報じてるけど、それ以前に今の相撲界自体が「不可解」。そしてそれを捻じ曲げたり、問題をすり替えたり、憶測だけで部外者に勝手に発言させる、そんなマスコミも「不可解」です。「傷害事件」なのに「被害者の師匠」の行動のことばかり報じるマスコミ、大問題を起こしているのに謙虚さが全くない協会と横綱。いや、本当に私にはさっぱり分かりません。改めて思いました「20年以上前に見限っておいてよかった」。


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# by stakec68 | 2017-11-28 00:23 | スポーツ・ネタ

並木よ・・・

ケーブルテレビで視聴できるチャンネルNECOというチャンネルで「ある日私は」(こちら)というドラマを見て全盛期=昭和40年代初頭の松原智恵子の美しさに心を奪われたこと、そしてやはり同時期の「若い川の流れ」(こちら)でも再び松原智恵子の可憐さに惹きつけられたこと、過去に述べてきました。そしてこのたび、そのチャンネルNECOでまたしても全盛期の松原智恵子主演のドラマ「颱風とざくろ」が放映されていたので、ずっと視聴していました。

 「ある日私は」は私の生まれる(1968年7月生まれ)前の1967年~1968年4月、「若い川の流れ」はその後の1968年10月から放映されていたそうだけど、「颱風とざくろ」は翌1969年7月~9月放映らしいので私が1歳の時のドラマということになります。智恵子様の美しさは相変わらずなんだけどストーリーといい、キャラクターといい、細かい描写といい「脱アイドル」を狙ったのかな? 現代の目で見るとそんなに大胆でもないけど下着姿、水着姿、男を挑発するような台詞、エロティックなシーンなどもあって、それまでの「清楚で可憐」一辺倒ではないあたりに少し驚きました。日活の会社の方針なのかもしれないけど、30過ぎても清純派一辺倒な売り方をされていた吉永小百合と比較すると「扱いが悪い?」という気も。いや、ひょっとすると実力を認められて敢えて「今までと違う役に挑戦させられた」のかもしれないけど、明らかに「脱・清純派」という印象を受けました。でもこの翌年から「絶頂期」が終わって、「脇役専門」にシフトしたという話もあるので、この路線は失敗だったのでは?という気がしないでもありません。なので純粋に「可憐で美しい松原智恵子様を堪能できる」のは、むしろ「ある日私は」や「若い川の流れ」の方だったような気がします。

 だけどドラマのストーリー自体は前の2作よりも面白く、引き込まれました。「ヒロイン=佐久間英子(松原智恵子)の彼氏である一雄(緒形拳)が山で遭難して亡くなる→数年後その弟・二郎(石坂浩二)と出会い、次第に惹かれていく」という展開はなかなかユニーク。私の中では「二枚目というより灰汁が強い個性派」というイメージの緒形拳がヒロインの彼氏役、「インテリやエリート」のイメージの石坂浩二が「ヒッピー崩れ」みたいな若者役をやっているあたりも新鮮。そして単なる恋愛ドラマかと思いきや、実はヒロインが「赤ん坊取り違え」の被害者で両親が実の親じゃないというシビアな展開があったり、その事実が判明する前からなぜか姉であるヒロインに恋愛感情を抱いて苦悩する弟とか、緒形拳演じる一雄が学生運動に巻き込まれて苦悩したり、石坂浩二演じる二郎が親に政治家の娘と政略結婚させられそうになって親と対立したり・・・、様々な方向に展開するので飽きない。「ある日私は」や「若い川の流れ」がどことなく「松原智恵子を見せるためのドラマ」「アイドル・ドラマ」風だったのと比較すると、純粋に見どころの多いドラマという感じでした。

 また相変わらず「昭和40年代の風景」に魅了させる瞬間も多かったです。ヒロインの英子の職業がアナウンサーなんだけど、渋谷や池袋などの街中でインタビューするシーンなんてほとんど「ゲリラ撮影」なんじゃないでしょうか。まるで「当時の街の中にいるかのよう」な臨場感があったし、高度成長期で「みんなが元気」「日本全体が活気があってエネルギッシュ」に見えました。また後半、英子が「実の母親」の住む大分県の湯布院に行くんだけど、今ではすっかり観光開発できれいになった湯布院も当時は「鄙びた温泉街」という感じ。大分県の山下湖もロケ地として使用されていたけど、ここって今では温泉もホテルもなくなってしまった「かつての観光地」。まさに「在りし日の姿」が拝めました。

 倉本聰脚本らしいけど、後のこの人の脚本にありがちな「ト書きの代わりのような長い説明台詞」もなくって、逆に普通のドラマよりも台詞が少なく映像と音楽だけで登場人物の心理描写する手法も斬新でした。ただし結局解決したのは「取り違えの真相と、それを知ったヒロインがショックを乗り越えた」ことだけで、「英子と次郎の恋の行方」とか、「なぜか姉に片思いする弟の苦悩」などは解決しないまま最終回を迎えたのは少し残念。まあ、事件が起こっても常にアンニュイというか、「ボヤけたような空気」というか、「うたた寝したくなるような淡い日差し」というか、そんな「緩い」空気感が常に漂っているので、「何となく終了」という終わり方も、このドラマらしいといえるかもしれません。

 そんな「緩い」空気感にこれ以上ないほどピッタリなのが、森山良子の弾き語り調でしっとりした主題歌「あこがれ」と、ちょっとジャージーで軽快な「並木よ」。このドラマ全体に漂う空気感や、ちょっと大人になって色気も出てきた当時の松原智恵子様にこれ以上ないほど合っています。まさにこの時代=昭和44年でないと出せない空気感。毎日忙しくて疲れ切っている私をちょっとだけ「緩い」気分にしてくれる、そんなドラマでした。もちろん見始めたきっかけは「松原智恵子様のドラマだから」だったけど、むしろこの緩い空気感が心地よくってこの世界観にはまってしまいました。この時代のドラマには珍しく13話しかなくって短いのが残念でした。

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# by stakec68 | 2017-11-14 00:32 | テレビ、芸能