地上波テレビを見なくなって久しい私だけど、テレビ欄で「世にも奇妙な物語」の番組名を見かけると思わず見てしまうと書きました。実はもうひとつ、テレビ欄に番組名をみつけると思わず見てしまう番組があります。それは西村京太郎の2時間サスペンス「トラベルミステリー」(テレ朝版)と「十津川警部シリーズ」(TBS版)。一度こんなもの(こちら)を書いたこともありました。前者は亀井刑事が高田純次に変わって深みや人情味が薄れてしまったし、十津川警部が高橋英樹になったあたりから往年の時刻表トリックもほとんどなくなったけど、それでもなぜか見てしまいます。後者はもともとテレ朝版と違って、時刻表トリックや旅情を前面に出すのではなく、十津川警部という魅力的なキャラクターの刑事が活躍するドラマというイメージ。つまり同じ原作をモチーフにしながら、描き方が全く違っていたので、テレ朝版とはまた違った面白さがありました。

 とはいえ、十津川警部を演じていた渡瀬恒彦が今年逝去。その前から渡瀬&伊東四朗(亀井刑事)が降板して、内藤剛志&石丸謙二郎のコンビに交代。渡瀬恒彦の十津川警部、他の局の十津川警部と比較すると正義感が強い熱血漢に描かれていました。犯罪を、犯罪者を憎み、執念深く冷酷に犯人を追い詰める。一方で犯罪に巻き込まれた被害者や悲しい運命を背負った人には優しさも垣間見せる。私は先ほどリンクを貼った過去ログに書いた通り、たった3回で終わった若林豪の十津川警部が一番好きだったし、ドラマとしては三橋達也&愛川欽也時代のテレ朝版が一番好きだったけど、最も人間臭くて魅力的に映っていたのは実は渡瀬恒彦の十津川警部でした。伊東四朗演じる亀井刑事との深い絆も描かれていて、最も「名コンビ」だったのもこの2人だと思っています。

 なので今年1月、まだ渡瀬恒彦が亡くなる前に放映された内藤&石丸版を見た時、心底ガッカリしました。もちろんテレ朝版のように「刑事のキャラクターよりも旅情や人情を前面に出す」ドラマなら、主役が交代しても大きなダメージはない。だけどやっぱりTBS版は「渡瀬恒彦の魅力」ありきな作品だったので「ああ、これはちょっと」と。でもまあ、その時はまだ1作目だったので「そのうち内藤なりの十津川像が出来上がれば多少はよくなるだろう」と思っていました。だから1作目にガッカリさせられて以降もテレビ欄に「十津川警部シリーズ」の文字をみつけるたびに、「きっと今回もガッカリさせられる」「いや、でも今回こそは」、そんな淡い期待を抱きつつ、家にいる日はチャンネルを合わせて、家にない日は録画予約してきました。そして先日の月曜日=休みの日、またしても淡い期待を抱きつつシリーズ4作目が放映されるのを知って思わずチャンネルを合わせました。

 しかし放送時間が3時間。CM多過ぎ、途中にニュースが入る、「ここまでのあらすじ」のナレーションがしつこく入る、無駄に景色をとるだけのシーンが長く入る・・・、こういうのカットすれば十分2時間ちょっとに収まらないか? 無駄に長過ぎて疲れる。あと相変わらず内藤剛志の十津川のキャラが薄すぎる。いや、俳優が違うんだから別に渡瀬恒彦の真似する必要はないけど、灰汁もないし、喜怒哀楽も出さないし、だからといってクール・キャラでもない。なんか常に淡々としてて魅力がない。石丸の亀井刑事も泥臭さも人情味も灰汁もない。だからただ淡々と事件を追ったドキュメンタリーみたい。さらに最悪なのが「元部下が殺される」という衝撃の展開なのに、十津川は怒りを爆発させるでもなく、その怒りを胸に冷酷に執念深く犯人を追い詰めていくでもない。しかも逆に元部下を殺した犯人とその一家に同情してしまう始末。いや、私には「とんでもないゲス一家」だと思うし、殺した動機も身勝手にしか思えないし、全く同情したい気分になれない。まあ、この辺りは俳優の問題じゃなく、脚本の問題なんだろうけど・・・。「愛した女の家族に殺される」なんてあまりにも哀れで可哀想、それもケガをさせられたんじゃなく、命を奪われてる。なのに「殺された元部下のことを思う」のではなく「加害者一家に同情する」十津川と亀井には何の共感も抱けませんでした。渡瀬十津川なら犯人一家に激しい怒りをぶつけていたことでしょう。「だからといって前途ある若者の大事な命を奪ってよいということにはならないでしょう!」「奴はあなたを愛していた、その命をあなた方一家が奪ったんだ!」とか言う姿が目に浮かぶよう。3時間もつき合わされて残ったのは後味の悪さだけでした。

 ということで、今回もまた見事に期待を裏切られてしまいました。同時に渡瀬恒彦ををなくした「喪失感」を感じました。実は彼の訃報の際、私はここに何も書きませんでした。彼に対しては映画「戦国自衛隊」で隊長に逆らうガラの悪い隊員とか、どちらかというと「憎まれ役」ばかりやっている俳優というイメージを持っていました。もちろん50過ぎたあたりから渋い大人な役が増えてきたけど、あまり彼の出ていたドラマや映画に親しんだ記憶がありませんでした。「タクシードライバー」シリーズは元刑事とはいえ素人が事件に首を突っ込むのが何となく好きじゃなかったし、「おみやさん」は80年代の緒形拳版の方が好きだったし、「警視庁なんちゃら」いう刑事ドラマも、脇を固める刑事役の大袈裟な演技が鼻に突いて好きじゃなったし。だから特に彼が亡くなった時「喪失感」はあまりなかったんだけど、こうして2017年になって4度も「はずれ」の十津川警部シリーズを見せられると、今更ながらあの、正義感と渋みのあった、魅力的な渡瀬版十津川警部が恋しくなってしまいました。今後も裏切られる可能性が高いのを知りつつ、テレビ欄に「十津川警部シリーズ」の文字を見つけたら、思わず見てしまうことでしょう。

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# by stakec68 | 2017-10-19 23:59 | テレビ、芸能

 地上波テレビをまともに見なくなったのは21世紀に入る直前、1990年代の末だったけど、「見たい番組」「毎週必ず見る番組」がゼロになったのはおそらく2004,5年頃だったと思います。2000年代半ば頃までは報道番組くらいは見ていたけど、今ではニュース番組でもワイドショー並みに下世話なゴシップ・ネタばっかりだったり、偏向が酷すぎたりで、それすら見なくなりました。今ではスポーツ中継以外で地上波の番組を見ることはまずありません。いや、別になくなっても困らないだろうと。

 そんな中、なぜかテレビ欄にその番組名があると思わず見てしまうものがいくつかあります。春と秋、年に2回だけ未だに続いている「世にも奇妙な物語」、それがその「思わず見てしまう番組」のひとつ。バブルの頃、深夜番組として人気があったらしけど、福岡では当時放送されていなかったので、初見は木曜夜8時からの定期番組としてはじまった1990年になります。バブル期のドラマ=トレンディ・ドラマに馴染めずに「ドラマ離れ」をしていた頃ではあったけど、3話の短編のオムニバスで、「奇妙な話」といっても単純なホラーばかりじゃなく、「日常の何気ない生活の中に生まれる奇妙な出来事」を描いた話が多くて、なかなか斬新で面白いなと思い、以降はずっと視聴してきたものでした。「感動系」「コメディ系」「考えさせられる話」等もあってバラエティに富んでいたし。「当たり=面白い話」「はずれ=面白くない、つまらない話」の落差も激しいので、3話中全話が面白いというケースは稀だったけど、当時は最低で3話中1話「当たり」があればそれで満足でした。

 その後、社会人になった1993年頃からは定期番組ではなくって春、秋、年末年始の年3回の特番になったけど、その頃からさらにグレードアップしてきたと感じていました。どんでん返し、さらにどんでん返しとか、洗脳とかサブリミナルとか終末=この世の終わりとか核戦争後の世界のような心霊話などよりもはるかに「怖い」テーマを扱った話とか・・・。おそらく特番になった1993~1990年代末くらいが全盛期だったと思います。既に社会人になっていたので家にいない日、時間に放映されることが多かったけど、毎回録画予約して楽しみにして見ていたものでした。

 だけど2000年代に入って、段々グレードが落ちてきたと感じました。春と秋の2回だけになったのもそうだけど「どんでん返し、さらにどんでん返し」くらいならいいけど、4回くらいも「どんでん返し」があって訳が分からなくなる話とか、主役の売り出し中のタレントを売り込みたいだけで中身のない話とか・・・。なのであまり過剰に期待しないようにはしてきました。テレビ欄に番組名を見つけても「まだやるのかよ」と思ってしまう、だけど「いや、きっと今回は1話くらいは当たりがあるはず」とかすかな期待を持って録画予約してしまう・・・。2000年代に入ってからはずっとそんな感じでこの番組を見てきました。2000年代前半くらいは「5話のうち1話」くらいの確率で当たりがあったけど、2000年代後半には当たりは1年(春と秋)のうちで1話程度に減り、2010年代に入ってからは「2年に1話」程度に減ってしまいました。それでも思わずテレビ欄に番組名をみつけると思わず録画予約してしまう私。一昨日の土曜日に秋の特別編をやっていたので予約して、休みの今日、全話視聴してみましたが…。いや、今回は全部外れでした。

 1話目の「寺島」という話は、昔からありがちなオーソドックスなホラー。いや、悪くはないし近年放映されていた中ではよい部類だけど、「以前見たような話」なので新鮮味がない。2話目の「フリースタイル母ちゃん」、なんじゃこりゃ。これってドラマですか? おそらく1990年以降放映された全話の中で最低最悪の駄作。いや、ひょっとすると今時の地上波のドラマを見てる連中から見ると「面白い」のかもしれないけど、私には何がいいのか、どこが面白いのか、笑わせたいのか感動させたいのか、何がしたいのか全く分からない世界でした。むしろ中山美穂が「母ちゃん役」というあたりに時代の流れを感じて・・・。3話目の「運命探知機」、「感動もの」と見せかけてどんでん返し、これも昔から「奇妙」によくある話だけど、「落ち」の後、長々と「落ち」についての説明が続くのに違和感。「お疲れ様でした」とか言いながらスタッフが撤収していく、そこで終了で十分。「奇妙」って、昔から「投げっぱなし」「視聴者を突き放す」=「落ちの後、突然終わる=えっ? となって終わる」「あとは見てる人で感じろ、考えろ」なのがパターンだったはずなのに。説明がないと「感じ」て「考える」こともできない人達が多いんだろうか? 4話目「夜の声」はストーリー自体はなかなか練られてていいなと思ったら、原作:手塚治虫とある。まあ、だったら「よくできている」のは当たり前。だけど「社長とホームレスの二重生活」を送る主人公の心理描写がない。「社長業に疲れて嫌気がさしている」描写とか、「ホームレス生活を満喫している」描写とかがない。だから「なぜこの男が二重生活を送っているのか?=何を考えているのか?」が伝わりにくいから感情移入できない。感動させたいのか、切ない気持ちにさせたいのかのどちらかなんだろうけど、どちらでもないから何の余韻も残らない。せっかくいい原作をモチーフにしているのに、描き方を誤ってしまった残念な作品という感じ。主役の2人はよい感じなので別の脚本家、監督でやり直して欲しいと思ってしまいました。

 そんなこんなで今回も見事に「肩透かし」を食ってしまいました。そういえば半年前の春の特別編も確か見たはずなのに全く覚えてない。ということは2017年に見た8本すべてが私には「外れ」だったということ。それでもまた来年の春、テレビ欄に番組名を見つけたら、同じように録画予約して見てしまうことでしょう。きっとまた全部「外れ」なんだろうけど、きっと「当たり」が1話くらいあるんじゃないか、そんな淡い期待を抱きつつ…。


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# by stakec68 | 2017-10-16 17:35 | テレビ、芸能

 2014年のサッカー・ワールドカップ終了時にこんなもの(こちら)を書き、その後、惨敗したにもかかわらず全く反省も総括もないまま変わろうとしない協会、選手、ファン、マスコミに絶望してこんなもの(こちら)やこんなもの(こちら)を書いてきた私。日本サッカー自体がすっかり嫌になり、「変わろうとしない」ことに苛立ち、気がつけば興味が薄れ、試合もテレビで見ることがほとんどなくなりました。いや、何度か代表の試合にチャンネルを合わせたことはあったけど、気がつけば退屈したり、居眠りしたり、「時間の無駄」とばかりにチャンネルを懐かしい番組などをやっているケーブル局に変えてしまったり・・・。とにかく緩くて精度の低いパスを回すばかりでスピード感も迫力もない、しかもすぐ奪われて全くつながらない、ゴール前に攻め込んでもシュートを撃たない、なぜかバックパスばかり、そんな試合を見るたびに「何も変わらないんだな」「変わろうとすら思わないんだな」と絶望的な気分になる。一応ハリルホジッチ監督はいろんな選手を招集して試そうとはしているけど、主力は相も変わらず「自分たちの」世代。もう勝手にやってくれ…。そんなこんなのでここ1年くらいはすっかり興味すら薄れていたし、「いっそ、ワールドカップ出場を逃す」くらいの荒療治も必要なんじゃないか? 本気でそう思うことすらありました。

 ところが8月31日のオーストラリア戦に勝利してワールドカップ出場を決める。正直言って毎日仕事も忙しいし、母も入院していたので家事にも追われており「試合を見る」という発想は私には全くありませんでした。いや、もしも興味があるんなら「録画予約→結果などの情報を完全シャットアウト→帰宅後に録画したものを視聴」することもできたんだけど「期待していない」上に「時間がない」状態だったので「そこまでして見たい」という気もしませんでした。どうせ勝っても負けても例の緩い試合、退屈な試合、いつもの「自分たちの」な連中がデカい面して出てくるんなら、録画してまで見る価値などなかろうと。ということで全く録画もせずに出かけ、帰宅後にPCの電源を入れると…。

 例によって真っ先にYahooのトップページに繋がる。そこには「ワールドカップ出場決定」の大きな見出しが。それを見た瞬間もまだ冷めた気持ちのままでした。ああ、あんな緩い試合をして勝って出場を決めたところで、どうせ本戦では前回同様全敗の惨敗が待ってるだけ。そしていつもの「自分たちの」なメンバーがまた増長するだけ。そんな状態ならいっそ、出場できなかった方がよかったんだけどなあ…。だけど多くのネットの記事を開いてみると意外なことが書かれている。「自分たちの」なメンバーは一切出場しなかった、代わりに活躍したのは井手口、久保、浅野らのリオ五輪世代だったとのこと。またメンバーが一新されたことで緩いパスを回すのではなく、縦への速い飛び出しやパスを生かした速攻を多用した試合運びだったとのこと。いや、一体なぜ急に? とは思ったけど、一方で「ああ、よかった」と多少は安堵の気持ちが芽生えました。

 私が「日本サッカー離れ」してしまった最大の元凶は「自分たちのサッカー」。あんな躍動感のない緩いサッカーは見たくもなかった。また前回ワールドカップ惨敗後も頑なにそれを推し進めようとする一部のベテラン・メンバーと、それを後押しする協会やスポンサーにも愛想が尽きていた。だからまだ第一歩とはいえ、「変わろうとしている」こと、そしてその結果「勝利した」「ワールドカップ出場を決めた」のなら、むしろ喜ばしいし、大歓迎だと思いました。同時に「ああ、こんなことなら録画予約しとけばよかった」と悔しく思いました。とはいえ、まだ1試合だけ。本当に「変わる」のか? はまだまだ見極めなきゃいけない。一度親善試合でも何でもいいから試合をテレビできちんと見なければ。

 そう思っていた矢先、休みの日=今日、ちょうどニュージーランドとの親善試合があるという。ということで本当に久しぶりに代表の試合をテレビ観戦しました。なるほど、今までと全く違う選手=大迫、井手口らが躍動している。以前と違って思い切りよくシュートを撃っているし、意味不明なバックパスもない。確かに「変わりつつある」のは分かりました。だけど「ドン引き」してほとんど攻めてこない相手に対して点がとれないのは相変わらず。あとオーストラリア戦で何度か見られたという「縦への速い攻め」は見ることが出来ない。後半に途中出場した乾、小林らが入ってきて多少良くなって何とか勝ちはしたけど、正直言えば「思ったほどでは・・・」というのが素直な感想でした。

 とはいえ「自分たちの」な緩いサッカー、頑なに緩くて短いパスばかり回すつまらない、躍動感のないサッカーからは脱しつつあるのは分かりました。まあ、まだ過渡期なので「本番までに仕上げてくれれば」と思います。また依然と違って「メンバー固定」ではないので、しっかりいろんな選手を試してメンバーを選ぼうという意欲も感じられました。もう「自分たちの」な連中はいいでしょう。個人的には「自分たちの」な連中のサッカーと合わないためにずっと代表で冷遇されてきた、高速ドリブルが売りの乾がようやく代表に定着してきたのが嬉しく思われました。まあ、まだまだ試合内容自体は「微妙」だけど「暗黒時代」が終わるかも? という予感が感じられたのは収穫でした。

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# by stakec68 | 2017-10-06 23:31 | スポーツ・ネタ

 相変わらず休みも少ない、連休は全くなし、朝早く出かけて夜遅く帰宅する、なおかつ母入院中で家に帰っても家事に追われる、休みの日も母の病院に行く・・・そんな毎日。いつしかこの約11,2年貫いてきた生活パターンも崩れはじめています。

 12年前の2度にわたる大病→入院、手術以降、どんなに忙しくても貫いてきた医師の忠告がいくつかあります。
1.どんなに忙しくても生活が不規則でも、少量でもよいので必ず1日3食しっかり摂る。
2.間食はしない。
3.ほぼ同じ時間に起床、就寝して極力規則正しい生活を送る
・・・本当にどんなに忙しかろうが、生活が不規則になりがちでも、この3つはずっと貫いてきました。1と2は今でも守れています。だけどこの1か月ほど守れなくなりつつあるのが3。

 「休みの日は無理して早く起きない」「気がついたら昼過ぎまで寝ていた」、普通の人にとってはありがちなんじゃないでしょうか。実際、大病する前の私は普通にやってました。でもあの大病から生還して以降の私は、休みの日だろうと、盆や正月だろうと、宿泊先だろうと関係なく、ほぼ同じ時間に起床し続けました。「早出」の日は7時、「遅出」や休みの日の朝は8時、それ以上寝ていたことは本当に退院後、一度もありませんでした。いや、昨年ここに書いたひどい2日酔いの日(こちら)だけは例外、いえ、書いてて思い出しました。まあ、私が休みの日でも「早起き」する理由はもちろん医師の忠告を守るためでもあったんだけど、同時に「せっかくの休みの日に寝ているのはもったいない→そんな時間があれば出かけるとか、ケーブルテレビ見るとか、有効に使わないともったいない」という気持ちもあったからこそ。もう目覚ましをセットせずに寝ても、普通に朝8時には必ず目が覚めるようにすらなっていました。

 ところが忙しい上に母の3度目の入院となった8月以降、休みの日の朝に「寝過ごしてしまう=8時になっても目が覚めない」日が増えてきました。この2か月で3日もありました。特に驚いたのが先週。外が明るく、騒々しいので起きて時間を見ると、なんと10時56分とある。いや、もう昼前じゃないか。こんな時間まで寝ていたのは、一時期奥方生活を送っていた頃を除けば、約20年ぶりなんじゃなかろうか。まあ、それほど仕事以外にもいろいろあって疲れがたまっているのかもしれません。

 とはいえ、もちろん「疲れがたまっている」のも原因なんでしょうけど、それだけでもなさそう。今までなら、間違ってこんな時間まで寝ていたら「せっかくの休みの日の時間を無駄に過ごしてしまった」と後悔するところなんだけど、なぜか「後悔」の気持ちが全くない。考えてみれば疲れがたまりすぎていて「休みの日に出かけたい」気持ちも薄いし、テレビは相変わらず映らないので「ケーブルテレビ見損ねた」気持ちも起きない。それ以外に特に「休みの日にやりたいこと」なんて特にない。そう、忙しすぎて「休みの日の楽しみ」「休みの日にやりたいこと」が私にはほぼなくなっているらしい。いや、なんか寂しい、虚しい生活してるなあ、不意に気がつきました。

 いや、でもそんなこと以前に、いくら「疲れがたまってる」からといって、こんな不規則な生活したらまずいだろう。せっかく退院以降貫いてたのに。




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# by stakec68 | 2017-09-26 00:21 | 自分自身の話

You Know My Name・・・

 家に帰ってパソコンを立ち上げたらYahooのトップに「吉井守さん死去」との文字が。誰? と思いつつ記事を見る。ああ、チャッピー吉井のことか。そこで2つの想いが。ひとつは「ああ、懐かしいなあ、すっかり忘れていたけどいたなあ」。もうひとつは「えっ? コピーバンドの人の訃報がYahooに載るとは! 意外と有名だったのか?」。訃報は悲しいけど、本当に申し訳ない話だけど「すっかり忘れていた」けど「懐かしい」、私にとってはそんな名前でした。

 実は1998年、まだネットをはじめたばかりの頃、以前も書いたけど(こちら)音楽ネタ以外のボードで知り合ったメンバーと頻繁にオフ会などを行っていました。そのグループの中にビートルズが好きな人やちょっと興味のある人が数名いました。決して「ロック・ファン」「マニア」というほどではない人たち。その中の一人に「ライブハウスに行かないか?」と誘われて行ったのが六本木のアビーロードなるライブハウス。そこに出演していたのがパロッツなる名前のビートルズのコピー・バンドでした。そのリーダーでジョン役だったのが実はチャッピー吉井。当時の私は表のサイトを立ち上げたばかりで「マニア」を気取っていた頃だったので、最初は「コピー・バンドなんて・・・」という冷めた目で見ていました。まあ「お付き合い」だから仕方ない。最初のうちは「ここが似ている」「ここが似てない」「このパートは本当はジョンなのにこのバンドではジョージ役の人がやってる、分かってない」等々・・・。

 もちろんコピー・バンドってのは「ここが似てる」「ここが似てない」、そんな形で評価されるのは致し方ない。だけどそんな「分析」するような冷めた目で見ていたはずのマニア気取りな私が、次第にそのステージに引き込まれていきました。MCが面白くて気が利いている、「まさかこんな曲をやるのか」な意外な選曲、While My Guitar~ではジョン役のはずのチャッピー氏自身がクラプトン張りのギターソロを熱く弾きまくる。「似てるかどうか?」以前に「客を楽しませる、喜ばせる」のが非常に上手い。確かに「コピー・バンド」かもしれないけど、十分「エンターテイメント」として成立している。いや「似てる」と評価する人も多かったみたいだけど、私個人は「コピー度はそれほど高くない」と思いました。でも、そんなこと抜きに十分楽しい。だったらこれはこれでいいだろう、そう思いました。極めつけはまさかのYou Know My Name。いや、こんな曲までカバーするかよ!! 驚いてしまったし、メンバー全員が奇声を発して必死にこの曲を再現する様がおかしくて大爆笑してしまいました。もちろん、観客全員が大爆笑。いや、十分素晴らしいエンターテイメントじゃないか。

 ちなみにアビー・ロードには同じメンツでもう1回だけ行きました。結局、先のリンク先にあるようにこの「オフ会集団」からは「脱退」したので、パロッツのステージを生で見たのはその2回だけでした。また2001年には地元に戻ったこともあって、その存在もすっかり忘れ去っていました。でも考えてみればステージを生で見るよりずっと前、いや、ビートルズに出会ったばかりの1980年代末から私はチャッピー氏に少なからず影響を受けていたことも思い出しました。表のサイトのこちらのテキスト(こちら)で触れているけど、1988年後、地元福岡のAM局のKBCでオールディーズ・ステーションというラジオ番組をよく聴いていました。この番組で隔週でビートルズについて語っていたのは、実は東京進出前、福岡キャバーン・クラブに出演していたビートルズのコピー・バンドでジョン役を務めていたチャッピー氏でした。実はパロッツのジョン役とこのパーソナリティが同一人物だということを知ったのは、21世紀に入ってからのことでした。いや、実は結構この番組には影響受けたものです。

 というわけでたった2回しかステージを見てないし、以降すっかり忘れていたけど、訃報を見てその存在を思い出した次第です。いや、こんな書き方は思い入れのある方には申し訳ないかもしれないけど、これが今の私の素直な気持ちです。だけどあの日、似てるかどうか云々、最初は分析しながら見ていた私を惹きつけ、楽しませ、最後はYou Know My Nameに大爆笑させられた、そんな楽しいひと時を過ごさせて下さったことには感謝せずにはいられません。

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# by stakec68 | 2017-09-16 00:53 | 音楽ネタ

丸1か月・・・

 「最低でも週1回は何か書く」宣言もどこへやら、約1か月も遠ざかってしまいました。理由を挙げ始めるときりがないので、とりあえず「この1か月」に関して箇条書き・・・。

1.相変わらずとにかく忙しい、休みもほとんどない
2.またしても母の入院、今回は手術はないけど最低でも退院まで3か月はかかりそう
3.またしても「一人暮らし生活」に。ただですら忙しくて休みが少なく、帰宅も遅いのに家事に追われる毎日
→「時間に余裕がない」ので、世の中の流れや話題に疎くなる、休みの日に「日帰り放浪」等する気力も体力もない→「落書き帳」に書く話題がない

4.朝家を出るまで時間を見るために何となくつけているテレビのワイドショーでは「冷夏」といっているけど、そんなの関東ローカルの話。九州はほとんど雨の日もなくて連日厳し暑さ。寝苦しい、外に出ると汗だくで体力を奪われる
→ただですら忙しい、時間がないのに余計に疲れてしまう→「落書き帳」を書く気力もなくなる

5.例によって夏になるとテレビが映らなくなるうちのマンション。今年は例年以上に熱くて雨の日もないので例年以上に映らない。「見たい番組がある」チャンネルばかりが映らなくなって、ケーブル・テレビを見る時間も激減。
→「懐かしテレビ・ネタ」がない→「落書き帳」に書くネタが減る

6.「世界陸上」も松山英樹が「あわや優勝」までいった全米プロも日本時間の深夜から早朝だったので、見たくても見ることが出来ず。なぜか今年は例年なら映っていたJ-Sportが夏場に映らなくなって「世界バドミントン」を見ることが出来ず、奥原の優勝も見そびれる
→「スポーツ・ネタ」のニュースはネットのニュースで結果を見るだけに→「落書き帳」にスポーツ・ネタを書きにくくなる

・・・とまあ、そういうわけで1か月以上も「落書き帳」から遠ざかってしまったというわけ。いや、ちゃんとテレビが映れば、もっと懐かしテレビ・ネタもスポーツ・ネタも書けるし、もっと書きたいんだけど、試合も見てないのにネットのニュースだけ見て書くのも嫌だから。決して「書きたくない」わけではないんだけど・・・。まあ、定期的に見てる人なんていないから、わざわざ断る必要もないだろうけど。

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# by stakec68 | 2017-08-28 23:32 | 自分自身の話

いざ行かん・・・

 昨日帰宅してPCの電源を入れたら、Yahooのトップで平尾昌晃逝去のニュースを目にしました。ほとんど地上波のテレビを見なくなって久しいので「最近まで元気だった」のかは定かじゃないけど、今年何度目かの「またしても物心ついた頃から馴染みのあった人がまた一人・・・」という寂しい気分に。

 とはいえ、よく考えてみるとこの人の作曲したヒット曲で「好きな曲」といえるものは決して多くない。強いてあげるなら幼少の頃から「何となく好き」で、2004年の「四国放浪」時にJR四国の駅で列車接近メロディとして使われているのを聴いて改めて「いいな」と思った「瀬戸の花嫁」くらいか。2度の四国放浪時に見た四国の景色にピッタリだし、今でもこの曲を聴くと急に「また四国に行きたい」気分にさせられるもの。あとは「ザ・ベストテン」がはじまったばかりの頃、1978年=小4の頃、畑中葉子とデュエットした「カナダからの手紙」が大ヒットして、連日のようにテレビで見かけたもの。まあ、その2曲くらいかなあ、印象に残るのは。でもそこで思う、「いやむしろこっちだろう」。

 ということで私が思いついたのは時代劇「必殺シリーズ」のBGMや主題歌。第1作の「仕掛人」以降、10年以上続いたシリーズの大半の音楽を手がけたのがこの人でした。本放送時から「時代劇らしくなくって斬新」と言われてたらしいけど、1980年代初頭に「新必殺仕事人」でこのシリーズに出会い、再放送やケーブルテレビで過去の作品も全部見尽くした「必殺好き」な私にとっても、このシリーズの一連の音楽は非常に印象深いものです。番組の内容ももちろん好きだけど、悲しいシーン、感動的なシーン、コミカルなシーン、そしてクライマックスの殺しを引き受けて出陣するシーン、さらに「殺し」のシーン、それぞれにピッタリで、見ていて感情移入させられてしまう、そんなBGMの数々。

 好きな曲はいっぱいあるけど、「新必殺仕事人」の出陣のテーマは聞こえてくると気持ちが自然と高ぶってしまう。トランペットとストリングスのコール&レスポンスが斬新。出陣のシーンでこの曲が流れると思わず熱くなっていたものだし、今でも夜道を足早に歩いている時、頭の中でこの曲が「再生」されてしまいます。街中で、乗り物の中で、オバさんやバアさんが人の悪口、陰口、ボヤいているのを聞くと思わず、中村家で中村主水が姑のせんと嫁のりつにいびられている時に流れるBGMが頭の中で再生されます。人が大勢並んでいる重苦しい会議の席で再生されるのは「新必殺仕置人」の「虎の会」のテーマ曲。「新必殺仕事人」と「必殺仕事人III」で中村主水の殺しのテーマとして使われた曲、雪の夜道を歩く時に自動再生される。「仕掛人」のウエスタン調のテーマ曲と殺しのテーマ、「仕事人」以降でよくかかった、対立する殺し屋と対峙するなどの緊迫したシーンで流れたちょっとファンキーな曲(「命ぎりぎり」なるタイトルがついているらしい)・・・。いや、番組中のBGM曲の曲名まで分かるほどコアなファンとは言えないけど、どの曲もインパクトがあり、一度聴いたら忘れられないメロディばかりです。

 実はそんな「必殺」の全BGMで一番好きな曲は「必殺仕業人」の出陣のテーマ。「出陣」の曲なのに全然勇ましさがなく、ひたすら悲しく、儚く、それでいて美しい曲。甲高いトランペットの旋律が印象的で、一度聴くと忘れられない。まあ「仕業人」って、陰鬱な話が多かったので、番組の雰囲気にもピッタリだったし。ちょっとネットで調べたら、この曲って「いざ行かん」ってタイトルらしい。実は今回の訃報を聞いて真っ先に思いついたのは「瀬戸の花嫁」でも「カナダからの手紙」でもない、実はこの「いざ行かん」でした。何となく葬送曲にも聞こえなくもないし、昨日から某動画サイトでずっとこの曲ばかり聴いていました。

 しかし訃報を最初に聞いた時は「必殺のサントラ以外はそんなに思い入れのある曲もないしなあ」と思っていたんだけど、ネットのニュースなどを見ると、意外と思い出したあれこれ。「銀河鉄道999」のテレビ版、「キャプテンハーロック」などのよく見ていたアニメの主題歌を手がけたのもこの人。小学生~中学生の頃見ていた「レッツゴー・ヤング」の司会も一時期やってたし、ショー・コーナーを担当してたし、オープニング・テーマ曲もこの人が手がけた。よく物真似番組の審査員やってた・・・等々、次々に思い出しました。いや、実は自分の見ていた番組の多くの音楽を手掛けていたし、実はあちこちで見ていたお馴染みの顔だった、改めて気づかされました。

 これからも私は、日常の様々なシーンで「必殺」のBGMが頭の中で自動再生され、「瀬戸の花嫁」を聴くと「四国に行きたい」気分になることでしょう。やっぱり音楽って「生き続けるもの」なんだなと実感しています。今日も実は「いざ行かん」を流しながらこれを書いています。

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# by stakec68 | 2017-07-25 00:42 | 音楽ネタ

リアル「3丁目の夕日」

 4月以降ずっと忙しくって、毎日疲れ気味。しかも先日書いた大雨以降は猛暑でバテ気味だし。そんな疲れ切った私をここ1週間ほど癒してくれているのが、ケーブルテレビで視聴できる「日本映画専門チャンネル」で放送されていたものを録画したドラマ「たけしくんハイ」と「続・たけしくんハイ」。週末に「全話一挙放送」されていたものを録画、毎日1話ずつ帰宅後に視聴しています。

 いうまでもなくビートたけしが自らの少年時代について書いた本をドラマ化したもの。最初の「たけしくんハイ」が1985年、「続」の方が1986年だから、それぞれ私が高2、高3の時になります。またどちらも7月末~8月半ば、つまり夏休みに放映されていたこともはっきり覚えています。放送されていたのは月~金の夜9:40~10:00。当時は両親と中学生だった妹の4人で暮らしていたけど、この時間帯は全員が風呂に入り終わってテレビの前に揃う時間。母は夜10時就寝で他3人は11時就寝、10時になったらそれぞれ自分の部屋に下がっていくけど、この短い時間だけは茶の間に全員揃っていました。出張が多くてあまり家にいなった父、家事に忙しくテレビの前には9時~10時の間しか座っていなかった母、だから本当に貴重な時間でした。まさにそんな「つかの間の全員が揃う時間帯」にやっていた番組、しかも「夏休み前半」でリラックスした中で流れていた番組、この番組を見るとそんなことまで思い出してしまいます。

 またドラマ自体も、酒癖が悪くて乱暴なペンキ職人の父・竹次郎(演:林隆三)、賢くって優しく、それでいて気が強い母・真利子(演:木の実ナナ)、ちょっととぼけた味のある祖母(演:仙石規子)、東大生の長男、秀才の中学生(続では高校生)、そして悪ガキの小学生三男たけし、そんな昭和30年代前半の下町に住む西野家を中心としたホームドラマ。すぐに大喧嘩するし、主に父とたけしが問題ばかり起こすけど、なぜか見ていてホッとさせられるし、使い古された表現だけど見ていて心温まるものがあるしで、決して「大感動作」ではないけど「なんかいいな」と当時は思っていました。うちの家族は決して仲が良かったわけじゃないけど、このドラマを見ている時は感動したり、大笑いしたりで、心底みんなで楽しんで見ていた記憶があります。めったにテレビに影響なんて受けない母が一時期、仙石規子演じる祖母がドラマ内で連発していた台詞「すまないねえ」(自分の息子=竹次郎が問題を起こすたびに言ってた)が口癖になっていたくらい。それも仙石規子そっくりの口調で。いや、今でも時々使っています。間違いなく私だけじゃなく、みんなが夢中になったドラマでした。

 私はむしろ、「続」の方でたけしが病弱な同級生の駄菓子屋の娘(演:後藤久美子)に恋をして、好きなのにわざといたずらや嫌がらせをしたり、でも気になって思わずお菓子を買いに行ったり、病気で学校に来なかった日に心配して学校を抜け出して様子を見に行ったり、そのあたりに心惹かれました。以前別のドラマについて触れた時に(こちら)書いた通り、高3=1986年当時の私にも「気になる彼女」がいたわけで、しかもその彼女に対する態度も酷似していたので、思わず感情移入してしまいました。それなだけに、まさかの「病気のために急死」という展開には、ドラマであるにもかかわらずショックを受けたものです。実際、その娘の死後も4,5話ほど続いたけど、以降は何となく暗い気分で見ていたものでした。しかもその娘については、その後は一切ドラマの中で触れられなかったし…。

 そして今、約30年の時を経て、全く同じ7月中旬に視聴しています。疲れて帰宅後に見ると、あの頃以上にホッとした気持ちになるし、癒された気分になります。あの頃は「単なる乱暴なオヤジ」と思ってた竹次郎、実は家族思いだし、母・真利子も言葉は乱暴だけど子供への愛情があふれてる。最近では「昭和の庶民の生活を描く」ドラマや映画も多いけど、実際にあの時代に少年時代を過ごした人が書いた実体験(といっても半分以上フィクションだと当時たけしが言ってた記憶はあるけど)なのでリアリティが違う。帰宅後の束の間の時間、1話ずつ見ては癒されています。だけどもうすぐ伊藤さん=駄菓子屋の娘が亡くなる話になる…。40代の今の私の目線で見ると「10代の小学生の死」は、あの頃以上に悲しくなりそうな気がします。

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# by stakec68 | 2017-07-18 23:50 | テレビ、芸能

 今週頭に突然台風が発生して地元・北九州を直撃するかも、しかも北九州を通過するのが朝出勤する時間。ということで念のため、普段よりも1時間近く早く家を出た私。だけど確かに「来た」けど、「単なるちょっと強い雨」程度で大して天気は荒れず。しかもスピードが異常に早い台風だったので、退社する夜には既に関東地方へ。最初に「台風接近」と聞いた時は心配したし、無事に出勤できるのか? 退社して帰宅出来るのか?不安だったけど、全く影響がありませんでした。ということで一安心していたのに…。

 それからわずか2日後、大分県や福岡県南部で記録的な大雨が降っているとのニュースが。被害に遭った地域も近くて馴染みのある街も多かったので、「大変だなあ」と思っていました。だけど一方で「この雨って、そのうちこっちにも来るんじゃないか?」との不安も。ニュースを見ると北九州では金曜日が一番雨がひどくなるらしい。ああ、休みの日か。これは不幸中の幸い、くらいに軽く考えていました。

 だけど木曜日の夜就寝してわずか1,2時間後の深夜3時頃目が覚める。普段なら絶対に起きない時間。じゃあなぜ起きたのかというと、外から聞こえる雨音。それも生まれてこの方一度も聞いたことのないような、まるで滝壺の中にいるかのような激しい音。いや、雨音くらいで恐怖を感じたことは今まで一度もなかったけど、本当に恐怖心を覚えるような音でした。また私の住むマンションの裏にはドブ川レベルの小さな川が流れているんだけど、この川もゴーゴーと激しい音を立てて流れている。普段は水位もほとんどない小さなドブ川なのに。ここに引っ越して37年になるけど、こんなに激しい音は聞いたことがない。まあ、うちは最上階に限りなく近い上の方なので溢れても浸水することはないけど、やっぱり「今まで一度も聞いたことがない音」なので、恐ろしくなりました。

 さらに明け方の6時過ぎから頻繁に「避難勧告」メールが届くので全く眠れない。結局朝9時までに全部で8通の避難勧告メールが届きました。いや、こんなことは初めて。さらに地上波のテレビをつけると、北九州市内のあちこちの馴染みのある場所の映像が映し出される。ああ、ローカルニュースね、と思いきや、全国ネットのワイドショー。しかもどのチャンネルをつけても北九州の景色ばかりが映し出される。マンションの上の方の階の部屋に閉じこもっていると実感がないけど、ひょっとして今の北九州って、全国ニュースのトップで大きく報じられるほどの酷い雨なのか? 甚大な被害が出ているのか? いや、全く実感がないけど、大変なことになってる? 自衛隊が来てるとかの報道もあったし、治水工事後すっかり水位が低くなったはずの紫川の水が溢れそうになっている映像も見たし・・・。

 結局雨は今日の午後まで激しく降り続けました。休みだったのは不幸中の幸いだったけど、ひょっとしてあちこち大変なことになってるのか? 明日朝、出勤する途中ではじめて実感する、気がつくのかもしれません。台風は全く大したことなかったけど、台風以上の大変なことになってしまったようです。今はようやく雨が弱くなってきたけど、また明日からも大雨との予報。一体どうなってしまうのやら・・・。

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# by stakec68 | 2017-07-07 16:31 | 地元

 2010年にはこんなもの(こちら)、2011年にはこんなもの(こちら)を書いたけど、毎年6月最後の土日は陸上の日本選手権が行われています。ここでは触れなかったけど、やはり陸上のフィールド競技の国内大会の地上波中継は珍しいし、編集やカットや変な煽りVTRなどの演出もない生中継となると他にはお目にかかれないので、実は2011年以降も欠かさず見てきました。今年は土日出勤の生活に変わったので家にはいなかったけど、例によって「録画予約→ネット等で結果を見ないようにして帰宅後視聴」しました。

 しかしこの大会、毎回世界陸上やオリンピックの選考会になるわりには世間一般での注目度は今一つで、新聞やネットの記事でも隅に追いやられるのがパターン。ところが今年は昨年のリオ五輪で男子100m×4リレーでの銀メダルの効果もあってか、異常な注目度の高さ。リオ五輪代表の桐生、山県、ケンブリッジに加えて、若いサニブラウンに今年になって頭角を現してきた多田と顔触れも豪華、「出るか9秒台」と過熱気味に報道されていたし。いや、確かに21世紀以降は主にリレーでの躍進もあって、以前とは見違えるようにレベルが上がってきたのは事実だけど、日本人の「男子100メートル」がこんなに注目されたのは、私がスポーツ観戦を開始した1980年代前半以降では初めてだと思います。

 実際、近年のこの大会の中で一番観客も入っていたし。そして昨年の五輪代表、リレー銀メダル・メンバーを退けて、新顔のサニブラウンと多田が1位、2位。いや、単純に「注目度が上がった」だけではなく、層が厚くなったなと。今後はリレーのメンバー4人選ぶ際、誰を選ぶか?誰を落とすか?で揉めたり、盛り上がったりしそうな予感。9秒台は出なかったけど、カール・ルイスだのバレルだのの「海外のスター選手を見るための競技で日本人選手とは関係がない」競技だった1980年代や90年代の男子100メートルを思えば、格段にレベルが上がったなと感慨深くもありました。

 他の競技もついに福島の連覇が8で止まった女子100メートルとか、鈴木だけではなく、松田、鍋島らが頭角を現した女子長距離とか、見どころはありました。とはいえ、標準記録を破った競技は少なく、相変わらず陸上のフィールド競技は世界との格差を思い知らされます。あと例えば女子100メートルも「福島を追い抜く人が出てきた」というより、「福島が衰えた」結果の市川の優勝、リンク先の2011年に「早熟で楽しみ」とした土井、さらに人材豊富で楽しみに思っていた土井と同世代の連中も伸び悩んで低迷してるしで、意外とどの競技も世代交代が上手くいってないんじゃないかと思います。結局今回も世間一般で盛り上がったのは男子の短距離だけだったし。

 とはいえまあ、1年に1回だけ、ゆっくり国内の陸上フィールド競技をまとめて見ることが出来る大会。私自身にとっては「いつもの恒例の大会」なので、例年通り楽しめました。あと、そういえば今年は世界陸上なのかと思い出しました。あんまり某局の過剰なバカ騒ぎ中継が肌に合わないし、相変わらず忙しくて家にいない日も多いので、どの程度見るかはわかりませんけど。

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# by stakec68 | 2017-06-26 23:43 | スポーツ・ネタ