まずは前置きというか言い訳。なんと9月15日以降、一度も何も書きませんでした。いや、確かに「忙しすぎる」のは相変わらずなんだけど、書きたいネタはいっぱいあった。なのになぜか「書く気が起きなかった」というのが正直なところ。今までなら何か感じたこと、思ったこと、気がついたことがあったら「落書き帳に書きたい」と思ってたはずなのに、なぜか「書きたい」という気が起きませんでした。まあ、ここは最早「見ている誰か」「しょっちゅう訪れている常連さん」のことなんて考えず、「自分自身の生存確認」のためだけに書いているので、「書きたいネタがいっぱいあるはずなのになぜか書きたくならないのなら、自分の気持ちに従ってしばらく何も書くまい」と思って、敢えて「落書き帳」を遠ざけていました。

 前置きが長くなったけど本題。夏からずっとケーブルテレビの東映チャンネルで「プロハンター」が放映されていました。実は「プロハンター」というドラマに関しては、2002年の12月にこんなもの(こちら)の中で思い入れを語っています。刑事ではなく探偵が活躍するアクション・ドラマといえば萩原健一の「傷だらけの天使」、松田優作の「探偵物語」、沖雅也や柴田恭兵、神田正輝の「俺たちは天使だ」などもあるけど、私がそんな中で断トツで好きだったのがこの「プロハンター」。実は低視聴率で半年で終わったらしいけど、リアルタイム=1981年=中1(リンク先で「小6」とあるのは間違いです)の時からずっとアクション・ドラマ好きだった亡き父と一緒に見ていました。ヤバいけどオシャレだった横浜の街の風景や空気感、そんな中で自由奔放に生きる探偵コンビの竜崎(演:草刈正雄)と水原(演:藤竜也)の、男から見ても思わず憧れてしまうカッコよさ、コミカルでテンポがよく、それでいてちょっと切ないストーリー、そして何よりもリンク先にある通り草刈正雄の使う「カベチョロ」「なんだっちゅーんだ」等の北九州弁・・・。もう、すべてが好きで好きで、リアルタイム視聴時も、その後何度か見た再放送時も、とにかく夢中で見ていた、まさに「憧れの大人の男」のドラマでした。

 ただ先に述べた探偵ドラマと比べると知名度が低いためか、その後再放送は少なく、おそらくリアルタイム視聴後は中3か高1=1983か1984年と、高3の時=1986年の計3回しか見たことがなくって…。リンク先の過去ログを書いた2002年当時も「見たい、見たい、でも再放送がない」ことが悲しくて書いたものでした。なので今回の東映チャンネルでの放映は「待望の再会」でした。

 そしてワクワクしながら第1話を視聴。だけど「あれっ?」というのが第一印象。ストーリーは滅茶苦茶、竜崎と水原2人のキャラクターも思っていたのと違う。その後2話、3話と進むにつれてだんだん2人のキャラクターがお馴染みのキャラになっていくけど、なんか序盤は試行錯誤? 確かに悪くないんだけどストーリー的にも「のめり込んで見る」ほど面白いと感じず。さらに中盤の10話前後からは、竜崎の出番が極端に少なくなる。水原が依頼者のゲストや「使いっ走り」の五島(演:柴田恭兵)や見習いの修(演:水上功治)と行動して、その間竜崎は悪人に拉致されていたり、別行動をとったりで画面から消える話が続く。ひょっとして草刈正雄が他の仕事が忙しくて、あまり撮影に参加できなかったのかもしれないけど・・・。でも「コンビもの」なのに2人が揃わないと画にならないし、魅力も半減する。なのでこの辺もなんか物足りない感じ。いや、期待外れか・・・。

 だけど17話と18話=九州ロケのあたりから急激に面白くなる。2人のキャラクター分けがしっかり出来上がって、2人の息もピッタリ、ジョークを飛ばし合ってるけど、どこまでが台詞でどこからがアドリブなんだろうというくらい自然体で魅力的で仲がよさそうに映る。ストーリーもただ面白い、カッコいいだけじゃなく、依頼人や事件関係者の悲しい運命が明らかになる話とか、竜崎が思いを寄せた女性が目の前で悲劇の死を遂げるとか、ちょっと切ない気持ちにさせられる話の連続。本当に17話以降は全話「名作」と呼べる内容。個人的には最終回1話前、生まれて初めて日本を訪れた日系ブラジル人女性(演:大滝裕子=現アマゾンズ)の依頼で「生みの父親」を探すも実は殺し屋だった・・・、「ロンリー・ハート」が最高傑作だと思います。いや、この話はリアル・タイム視聴時から一番好きな話です。

 そして面白い話の連続で盛り上がってきたところで、突然の最終回。しかも殺害された五島の仇を討ってヨットで南の島に消えていく2人・・・という突然のシリアスで衝撃的なラスト。リアルタイム視聴時も、その後の2回の再放送視聴時も、最終回を見終わった後、「ああ、もうこれで2人とはお別れか」と、とても切ない気持ちになったもの。そして最後の再放送から32年ぶりに視聴した今回もまた、ポッカリ心に穴が開いたかのような気分。最早今の私は当時の2人よりも年をとってしまったので「カッコいい大人への憧れ」なんてないはずなのに、なぜこんな気持ちになるんだろう…。「再放送で見てガッカリした」「今見ると面白くなかった」「今見るとさほどのめり込めなかった」ドラマも多いけど、この「プロハンター」に関しては毎回、最終回を見ると同じ気持ちに襲われます。おそらくこのドラマの世界観、そして竜崎&水原の2人は、私の中では「永遠の憧れ」なのかもしれません。

 しかし再放送まで見終わった後のこの脱力感は「なんだっちゅーんだ」という感じ。当分「プロハンター・ロス」は続きそうです。

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# by stakec68 | 2018-11-06 00:04 | テレビ、芸能

 もう2週間近く前のことになるけど、朝家を出る前に時間を確認するために何気なくテレビをつけました。どこも同じ情報ばかり垂れ流すワイドショーしかやってないので、別に番組自体は真剣に見る気はありませんでした。そんな中画面に映し出されたのは、山が崩れて家が押しつぶされた光景、道路が土砂に埋まってる景色等。その前の日に関西に台風が直撃したので、私はてっきり関西の台風被害に関する情報が流れているものと思っていました。ところがよく見ると「震度7の地震」云々。えっ? 関西の台風被害だけでも十分「大変なこと」なのに、それから一夜明けたら今度は地震? いや、日本は一体、どうなってるんだ?

 だけど次の瞬間さらなる衝撃。「えっ、北海道?」。もちろん、どこであろうと災害は痛ましく、悲しいけど「自分にとって身近な場所」での災害ということになると、その衝撃は数倍、数十倍、数百倍になる。何度も書いてきた通り、1990年に初めての本格的な「放浪」に行って以来、私にとって愛着のある場所。その後1995~1997年まで約2年間、仕事の関係で住んでいたけど、その時にさらに私の「北海道好き」は加速したし。2001年に訳あって地元に帰ってきたけど、冬の積雪と道路の凍結の恐怖さえなければ、実は北海道に引っ越して永住したいとすら願っていたし。2008年と2012年にも「放浪」で訪れて「必ずまた、いつか訪れたい」と思っていたし。今でも「老後」は北海道に移住したいと思っているし…。いや、それだけじゃない、「放浪」で出会った人たち、仕事の関係で実際に住んでいた頃に出会った人たちも皆、いい人たちばかり。今では連絡を取り合っている人などはいないけど、私の思い出の中でいつまでも愛着のある人たち、絶対に忘れられない人たちも大勢いる。自分にとって「最もよかった時代」を過ごした場所。自分の故郷=地元の次に、いや、ひょっとすると地元以上に大好きな場所、忘れ得ぬ人たちがいる場所・・・・。

 そんな場所を襲った惨劇。多くの犠牲者が出た震源の街は一度も訪れたことがないけど、地震から数時間、ほぼ全道で停電したとか、札幌などの街中でも道路が液状化したとか聞くと心が痛む。同時に今は連絡すら取り合っていない人たち、あの人、この人、あの時出会った人、お世話になった人、大好きだった人、好きではなかったけど忘れられない人・・・、あの人たちは無事なのか? 心細い想いはしていないか? 地震当日は自分自身も仕事が忙しく、人のことを構ってられないくらいだったにもかかわらず、気になってソワソワした気分で過ごしました。もちろん、今までの地震や台風、大雨などの自然災害のニュースを聞くたびに、辛い気持ちになっていたものだけど、今回は「自分の地元以上に愛着のある場所」「大好きな人達の多くと出会った場所」に起こった災害、そのショックは数百倍大きいです。

 前からいろいろ書いてきた通り、私は小学生の頃から「奉仕の精神」が著しく欠けた性格。「人の役に立ちたい」とか「人のために何かしたい」気持ちがほぼゼロといってもよい。そんな私が「何かしなければ」と生まれて初めて思いました。自分の生活を投げ出して現地に向かってボランティア等、何かするというのは非現実的だし、大病して以降、体に「爆弾」を抱えた私になんて何もできない。せめてどこかに募金したい、そう思っています。そのことを母に話したら、私の「奉仕の精神ゼロ」な性格を知っているだけに、本気でビックリされてしまいました。お世話になったあの人、この人の無事を祈ります。そして「第2の故郷」に一刻も早く、平穏が訪れて欲しい、本気でそう願っています。

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# by stakec68 | 2018-09-15 00:58 | 社会

 1990年、私が大学生=22歳の頃。ポール・マッカートニー来日公演(こちら)や初の北海道放浪(こちら)の年。そちらにも書いているけど、自分自身の将来への不安で押しつぶされそうになり、暗い生活を送っていた年。そんな日曜日の夕方6時、妹が「今日から新しいアニメが始まる」と言いながらテレビをつけました。小学校3年生の女子の、何気ない日常を面白おかしく描いたアニメ。個性的な家族や学校の同級生も多く登場、「ああ、まるで『サザエさん』みたいな番組だな」というのが第一印象。日曜の夕方に何とも言えない癒される空気、ほのかな笑い、そして時々ホロリとさせられる。この番組を見ている間だけはその「暗い気分」「将来への不安」をしばし忘れさせてくれる、私にとって貴重な時間、空間を与えてくれました。

 描かれているのは実は昭和49年か50年位の日常。山口百恵、ベルトクイズQ&Q、ローラースルー・ゴーゴー、ライダー・スナック、真理ちゃん(天地真理)の自転車、山本リンダ、コーラの王冠で当たるヨーヨー、校庭で影を作りながらポーズをとって「チョコベー」・・・。まだ20代前半で「自分の過ごしてきた過去を振り返る」習慣なんてゼロだった私、そんな私にとって「そうそう、こんなのあったよ!」「そうそう、俺たちもこの主人公のクラスや家族と同じようなこと、やったよな、同じような話題で盛り上がったよな!」の連続。はじめてノスタルジーを感じた瞬間でした。まあ、私は昭和49年と50年は幼稚園年長組~小1で、この主人公よりは少し年下だったけど。いつの間にか妹がいなくても、毎週日曜日の夕方6時にはこの番組にチャンネルを合わせるようになりました。

 その後、1992年春に就職、東京に引っ越して一人暮らしを始めた私。しばらくは「日曜出勤」の生活になったので、この番組を見る機会は大きく減少していきました。だから私がこの番組を頻繁に見ていたのは、1990年のスタートから2年足らずの短い間だけでした。またこの頃になると「昭和50年頃の何気ない日常」よりも「奇抜な登場人物」(レギュラーのクラスメイトが激増)で笑いをとるスタイルに変わっていったので思い入れも薄れてきました。とはいえ、職場の休憩室で夕方6時過ぎに休憩をとっていると、この番組が当たり前のように休憩室のテレビから流れていたし、主人公のその後=漫画家を志した高校時代~短大時代を描いたドラマも制作されたし、21世紀に入って実写版(全員役にはまり過ぎでビックリ)も制作されたし、ケーブルテレビに加入してからはアニメ専門チャンネルで初期の作品が放映されていたし・・・。富士四湖放浪の際、静岡県清水に宿泊(こちら)、その際も「ああ、あのアニメの舞台だ」と思ったもの。なので「見なくなって久しい」反面、「国民的なアニメ」=当たり前のようにいつもそこにある番組だと思っていました。

 先日、Yahooに接続すると、トップにそのアニメの主人公=ちびまる子ちゃんの姿が。一体何?今年は何周年かのアニバーサリーなのか?と思ってよく見ると「さくらももこさん死去」とある。正直、ほぼ人前に出てこない人だし、なおかつ見なくなって久しいので「元気だったのに」なんて言えないけど、ちょっと上とはいえ同世代。いや、若すぎるだろう。同時に今まで感じたことのない寂しさ、悲しさを感じました。

 もちろん有名人の訃報を聞くと寂しく、悲しくなる。だけど一方でいつも思うことがあります。「本人は亡くなっても作品は永遠に残る」。ミュージシャンなら音楽が、俳優なら映画やドラマが、作家なら作品が残る。だから「悲しい」「寂しい」反面、その人の音楽、ドラマ、映画、作品に接する時、その人に「会う」ことが出来る。そうすればその寂しさも多少は紛れる。私はいつもそう思っています。また、作者が亡くなっても「サザエさん」「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「アンパンマン」など放送が続いているものもあるのが現実。

 だけど「ちびまる子ちゃん=作者の幼少期=作者自身」なわけで、そこが今挙げたアニメと決定的に違うところ。訃報を聞いた瞬間「まる子が亡くなってしまった」と思ってしまいました。しばらく見ていないにもかかわらず、今まで味わったのとはまた異質な「寂しさ」を感じました。もしも今後、このアニメを見る機会があれば「ああ、この元気な子は50代で若くして亡くなってしまうのか」と思ってしまいそうだし、万が一「私がお婆ちゃんになったら・・・」なんてまる子の台詞を聞いたりしたら「ああ、その前に・・・」とか、余計なことを考えてしまいそうで、果たして今後も純粋に今まで通りほのぼのとした気持ちで笑って視聴することが出来るんだろうか・・・。

 とはいえ、最も暗い気持ちで日常画を過ごしていた1990年の私に一時でもほのかな笑いを提供してくれた、ちょっとだけ気持ちを和ませてくれたアニメ。そしてちょっとだけ幼少の頃の流行りものとか、気持ちとかを思い出させてくれた=私にノスタルジーを提供してくれたアニメ。そんな時間を私に提供して下さったことには感謝にたえません。本当に楽しい時間を提供していただき、ありがとうございました。さっきは「同じ気持ちで見ることが出来るんだろうか?」なんて書いてしまったけど、久しぶりにアニメ専門チャンネルで初期の作品、見てみたくなりました。

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# by stakec68 | 2018-08-30 00:44 | テレビ、芸能

痛くて死ぬ・・・

 もともとネット上にプライベート・ネタは書きたくない、書かない主義ですが、書かずにいられないので少しボカして書きます。
 
 先日、ある休みの日の深夜、突然の腹痛で目が覚めました。いや、今まで生きてきて一度も経験したことのないような痛さ。眠れないどころか、息も出来ないほど。これは絶対、手術や入院が必要だろう。虫垂炎? 腸の病気? 同居している家族の中に「あとから荷物を持ってきてくれる」「入院の手続きをしてくれる」人がいるなら、迷わず救急車を呼ぶところ。だけど私の同居人は母のみ。度重なる入院を経て、家の中ならまだしも、杖を突いてやっとのことで外出できるレベル。そんな母に後から荷物を持ってきてもらうとか、手続きをさせるなんて無理。そこで母を起こして声をかけた後、激痛に耐えながら入院のために荷物をまとめ、現金や印鑑を用意した上でタクシーを呼び、近くの救急病院に向かいました。

 結局、激痛の原因は実は「石」(病名は伏せます)。一応、その場の応急処置で痛みは治まりました。入院も手術も必要なく、いったん帰宅。その後、外来で診察を受けましたが、再発の危険はなく、薬を出され、これを飲めばもう大丈夫と。実際、あれから何日も経つけど、もう痛みはありません。しかし大きな病気もした私だけど、今まで全く無縁だった部所の痛み、今までかかったことのない科だったこともあり、改めて「この年になると、いつ、どこが悪くなっても不思議じゃない」「気になることがあればすぐ病院に行かなきゃ」という想いを強くしました。

 一方で家族が「要支援」の母一人の私、「いざ入院」「いざ手術」となった時に、荷物を持ってくるとか、必要なものをそろえるとか、手続きをするとか、自分で全部やらなきゃいけない、誰にも頼れないことを改めて痛感した次第。今回は入院も手術も必要なかったし、念のため荷物や現金も準備していたけど、もしも入院となったらどうなってたんだろう?と考えると、不安を感じずにはいられません。

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# by stakec68 | 2018-08-28 00:10 | 自分自身の話

100回、らしい・・・

 あまりに忙しすぎ&暑すぎるで疲れ切っており、とてもここに何か書く気など起きなかったので、しばらく放置していました。

 「夏の高校野球がはじまって100年らしい」ということでこんなもの(こちら)を書いてはや3年。3年前は「はじまって100年」、今年は「100回大会」とのこと。第2次世界大戦による中止があったので3年ズレてるわけですが。最早高校野球に興味をなくして25年近くになるので、今年の大会は全く見ていませんが、100回記念ということで様々な特番、特集記事などを多く目にします。いくつかそうしたものを見てみましたが、どうしても違和感が。

 まず戦前~戦後間もない頃=昭和20年代の名場面、名選手に関してスルーしている番組や記事が多過ぎ。いや「そんな古いの取り上げても、もう覚えてる人なんて少ないし需要がないから」なんでしょうけど「歴史を振り返る」のであれば、ちゃんと触れるべきだろう。私が中高生だった昭和50年代後半~昭和60年代頃の「高校野球の歴史を振り返る」番組や記事では、絶対に取り上げられてきた海草中の嶋清一とか中京商業の吉田正夫といった伝説の名投手、中京商業vs明石中による延長25回の激闘とか、必ず触れられていたもの。そして戦後間もない昭和22年と23年に2連覇を果たした地元の小倉高校、そしてエースの福島の活躍。こうした戦前から戦後間もない頃の名場面や名選手をスルーされるのが腑に落ちないし、どうしても納得がいきません。最初に取り上げるのは昭和30年代前半の板東英二からとか、ひどい場合は昭和44年の松山商業vs三沢からしか取り上げないものもある。それで「100回の歴史を振り返る」って言われても「振り返ってないじゃないか」と思わずにはいられません。日本の歴史を振り返るのに、飛鳥時代~室町地代をカットして、いきなり戦国時代から始めますか? それと同じようなものなんだけど。

 一方で私自身が1990年代前半に高校野球に興味を失ったからそう感じるのかもしれないけど、1990年代以降の話題に比重を置きすぎ。松坂とか田中vs斉藤とか、まあ当然触れなきゃいけないのは分かるけど、時間を割きすぎ。あるテレビの1時間半の特番なんて、この時代だけに30分上も割いた。だったらこの辺りを15分くらいにコンパクトにまとめて、残りの15分で先に述べた嶋清一や吉田正夫、延長25回や戦後の小倉高校に触れるのが正しい「歴史」ではないのか? なんか、偏りがあり過ぎて見ていて違和感しかありません。

 また私自身は1970年代後半~1990年代初頭までの短い間しか高校野球を夢中で見ていないので、どうしても私の中の高校野球=この時代だけなわけで「もっとこの時代の話題を多く取り上げて欲しい」と思わずにはいられません。まあ、こちらはあくまでも私個人の趣味や好き嫌いの問題に過ぎないので単なるワガママですが。箕島vs星稜、荒木大輔、池田高校、KKのPLには触れられるのに、牛島ー香川の浪商、金村の「逆転の報徳」、愛甲猛の横浜高校、前田&山之内の福岡第一、中西清起の高知商業、工藤公康や新谷博のノーヒットノーラン、森尾の西日本短大付属優勝、KKのPLと激闘を演じた宇部商業・・・などなどについてもちゃんと触れて欲しい。この辺りを取り上げてくれないと「歴史を振り返る」と言われてもピンときません。あくまでも「個人的に」ですが・・・。

 また100回を記念しての「レジェンド始球式」はとてもよい企画だと思います。だけどやっぱり、個人的にはメンバーの中に清原と香川がいないのが寂しく感じられます。もちろん前者は不祥事もあったから出せないだろうし、後者は故人だし、致し方ないのは分かる。だけど高校野球観戦歴の短かった私にとって、この2人は「2大レジェンド」、この2人が私にとって「高校野球の象徴」みたいなもの。その2人の姿がないのは、やはり寂しいし、残念に思います。

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# by stakec68 | 2018-08-17 23:42 | スポーツ・ネタ

 少し遅くなりましたが、16日は私の50回目の誕生日&ROCKN' ROLL PEOPLEの20回目の誕生日でした。以前なら自分のサイトのアニバーサリー云々、ここに書きまくっていたものだけど、「ロック気分」が去って10年近くが経過、最早サイトのテキストを読んでも「はて、これって自分が書いたんだっけ?」とにわかには信じられないくらいです。前は「サイトは自分自身の分身みたいなもの」だと思ってきたけど、最早「自分自身の過去の幻影」「自分自身のロック気分の亡霊」のようにしか思えなくなっています。

 そこで約4年ぶりにトップページを更新、新たなコメントを付け加えました。個人の作成したホームページ=ウェブサイトの全盛期って、2000年代前半に終わってブログの時代に変わったけど、私は頑なにテキスト・サイトに拘りがありました。ブログって簡単に書けるし、簡単に更新できるし、お手軽に「発信」出来る代わりに、なんとなく「安っぽい」「軽い」イメージがあったし。自分はそうじゃない、手間をかけて更新することで「自分自身のロック好きな気持ちを魂を込めて発信する場」を作成したいんだ。だからテキスト・サイトに拘ったし、サイトを「とても大切なもの」だと思ってきました。

一方で「とても大切」だから、多くの人に見て欲しい、認めて欲しい反面、あまりよろしくないサイトやブログ、ボードなどに勝手にリンクを貼られたり、陰口を叩かれたりすることを激しく嫌いました。ブログの時代に変わり始めた2000年代初頭頃から「勝手にリンクを貼る」ことに罪悪感を感じる人も減ったし、今となっては当たり前の行為になりつつあります。その風潮にも違和感があったし「許せない」と感じることがありました。「俺の大事な分身に勝手なことするな」と。自分の体に勝手に触れられたり、勝手に顔に落書きされたり、勝手に家に上がりこまれたりするのと同じような気分。だからトップページに「時代錯誤」とも思える「リンク規定」を掲載してきました。

>基本的にリンク・フリーですが、相互リンクに関しては必ず事前に連絡フォームにて連絡お願い致します。
>ただし、誹謗中傷だらけのサイト、ネチケット誹謗中傷だらけのサイト、
>ネチケット
違反気味の言動の目立つ管理人のサイト、犯罪や違法行為ネタのサイト、
>アダルト系サイトとの相互リンクは一切お断り致します。
>ですので、希望されても必ずしもOKするとは限らないということはあらかじめご了承ください

 だけど今の私はすっかり「ロック気分」が抜けてしまったし、テキストを読み返しても「自分が書いた」とは思えないほど。最早「自分自身の分身」とは思えない。いわば「空き家」のようなもの。今の自分にとっては「過去の自分の幻影」。だったらもう、上記のようなリンク規定なんていらないだろう。もしも共感してくれる人がいれば「ご自由にお使いください」という感じ。なので上記リンク規定を削除しました。また「訪問者と私を繋ぐ唯一のコミュニケーション・ツール」だった「連絡フォーム」も廃止しました。まあ、これが「正解」でしょう。

 ただし当サイトのないのすべての文章は「今の私」とは最早無関係なので、「今の私」の価値観とは必ずしもイコールじゃない。また「評論」なんかじゃなく、「個人的感想」を書いたものなので、間違ってもレビューとして使用しないでいただきたいところです。本当に単なる「感想文の寄せ集め」に過ぎないので、世間の評価とか、音楽の質が高い、低いとかって話とは全く無関係ですので。感想文、それも10年以上に書いた感想文に過ぎないんだから。

 そうなるとますますこの「落書き帳」は表のサイトと無関係な、単なる「名もない小市民のひとりごと」と化していくでしょう。実際この3,4年「見ている誰か」を意識して書いたことなんてないし。

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# by stakec68 | 2018-07-26 00:17 | パソコン、ネット

 決勝戦は日曜日の24時から。帰宅後、就寝前の落ち着いた時間の試合だったので、生観戦できました。

7/15(日) 24:00開始
フランス4-2クロアチア
 

 今大会、最もテレビ観戦する機会が多かったのがフランスの試合だったけど、私がワールドカップにはまった1986年メキシコ大会で私を魅了したプラティニ中心の「シャンパンサッカー」でも、1998年のジダンを中心とした派手なチームカラーとも違う、地味で「ずる賢い」チームなのでなんとなく思い入れが持てず。一方、タレント集団で華麗なサッカーをするとの前評判だったけど、時間が合わずに全く試合を見ることが出来ず、準決勝ではじめて試合を見ることが出来たクロアチア。3試合連続延長勝ちとか、ファンタジスタの司令塔と思いきや、意外と「汗かき役」もこなす泥臭さも兼ね備えたモドリッチとか、ただ「華麗」なだけでない勝利への執着心やひたむきさも感じられて、1試合見ただけで好感度アップ。というわけでクロアチアを応援しての観戦だったけど…。  

 グリーズマンがゴール前でクロアチアのファールを誘って得たフリーキックのチャンスからフランスが先制。その後、クロアチアもすぐにモドリッチのフリーキックから細かくパスをつないですぐに追いつく。この辺りまでは接戦で面白い試合になりそうな予感が。むしろクロアチアが優勢だったし。ところがフランスのコーナーキックのチャンスにクロアチアがハンドを犯してしまい、PK。とはいえ、今大会から導入されたビデオ判定での微妙な判定。いや、これビデオがなかったら絶対ハンドにはなってないはず。  

 そんなクロアチアにとっては不運なPKでフランスが2-1とリードすると以降は大味な試合に。クロアチアが圧倒的にボール支配していたし、中盤のカンテvsモドリッチのマッチアップでも終始モドリッチが優位で、珍しくカンテが途中交代してしまったし。にもかかわらず、わずかな隙をついてのカウンターでポグマが、エムバペが追加点。審判による微妙な判定、観客席からの乱入者で試合の流れが変わってしまったり、とにかく内容的には1986年以降のワールドカップ決勝戦の中で最も締まりのない、大味で重みのない試合になってしまったのが残念でした。  

 そしてフランスが優勝、ここぞという時のカウンターの速さ、エムペバ、グリースマン、カンテらの個人技の高さは感じられたけど、露骨な時間稼ぎ、ファールを誘うようなずる賢いプレーなど、若いチームのわりには「手堅く、クレバーな試合運び」が特徴の、フランスらしくないチームという印象でした。クロアチアの方がむしろ「良いサッカー」をしていたとは思うけど「良いサッカーをした方が勝つ」とは限らないのがサッカーという競技。気分はスッキリしないけど、まあ、こんなもんなのかなと。

 ・・・「高校3年の夏、授業中に仮眠しながら深夜に起き出して連日観戦し続け、すっかりサッカーにはまってしまうきかけになった」1986年のメキシコ大会以降、私にとっては「4年に1回の夢の世界」「4年に1回のビッグイベント」であり続けたはずのワールドカップ。だけど今大会ほど夢中になれなかった大会ははじめてでした。いや前回ワールドカップ終了後から感じ続けてきた「日本サッカー界への違和感、不信感」を拭えないままだったために思い入れを持てなかった日本代表。忙しすぎる、なぜか疲れていて眠くて試合を見たくっても落ちてしまって見ることが出来ない日が続いたこと。本当に見たかったチーム(ベルギーやクロアチア)の試合を準決勝まで全く見ることが出来なかったこと。見たい試合が絶対に見ることが出来ない深夜3時台に行われることが多かったこと。・・・などなどが重なったことが原因かもしれないけど、なんでこんなに夢中になれなかったのか、自分でも不思議です。以前なら「無理して睡眠時間を削ってでも見る」とか「始まった当初はのめり込めなかったのに、何試合か見ているうちに熱くなった」とかもあったはずなのに。まあ、4年前のワールドカップの後「日本サッカー離れ」して、サッカーの試合自体をあまり見なくなったことも原因なのかも。それとも「4年に1回しか味わえない世界最高峰のサッカーを見ることが出来る夢舞台」と思い続けてきたけど、時代が変わって「世界のサッカーをいつでも見ることが出来る」ようになったこともあるのか・・・。

 決勝戦後のセレモニーまで見て就寝しました。最後に優勝国のキャプテンがカップを高々と夜空に掲げ、紙吹雪が会場に舞う、あのシーンを見ると毎回、気持ちが高揚してしまい、その気持ちを抑えることが出来ずになかなか眠りにつくことが出来なかったもの。だけどやっぱり今回はダメでした。全く気持ちが盛り上がらず。そういえば「選手が貴賓席に向かう長い階段を上って表彰を受ける」のが見慣れた光景だったのに、今回は逆にVIPがピッチに降りて表彰をしていたのに違和感。なんかワールドカップなのにワールドカップじゃないように思えました。あと毎試合、選手入場時にはFIFAアンセムが流れていたのに、今大会は先週入場時に別の曲が流れていて、これにも違和感がありました。なんかワールドカップならではの「重み」「荘厳さ」が感じられない大会だったという印象も。うーん、こんなところにも私が夢中になれなかった原因があるのかも。なんか「ワールドカップならでは」の重み、高揚感、荘厳さのない、「ごく普通の国際スポーツ・イベント」のような大会だったという印象も残りました。実際、大会終了から4日たった今、なぜかずっと前の出来事のような気がするし、今思い出しても「最も印象に残ったシーン」を思い出すこともあまりないし、恒例の「ワールドカップ・ロス」もないし・・・。

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# by stakec68 | 2018-07-19 23:58 | ワールドカップ・サッカー

気がつけば準決勝

  準決勝はよりによってどちらも深夜3時開始。ということで「録画予約→朝起きて出勤、帰宅するまで結果を完全シャットアウト→帰宅後の夜に観戦」しました。日本が敗退して以降、世間一般ではバカ騒ぎも収まったし、職場にもサッカーに興味のある人が少ないので意外にも「結果をシャットアウト」するのは難しくありませんでした。

7/10(火) 3:00開始
フランス1-0ベルギー
 
「なかなか試合を見ることが出来ない」今大会。そんな中、なぜか頻繁に試合を見ることが出てきているフランスと「前評判が高いから見てみたい」とグループリーグの頃からずっと思っていたのに全く見ることが出来ていないベルギーの対戦。本当にベルギーはデブライネ、ルカク、アザール、フェライニら攻撃的なタレントが揃っているから大会前から楽しみだったのに。なおかつ、日本戦もあったので、日本でもなじみのあるチームなんでしょうけど、この試合が初見になりました。一方のフランスも若手中心ながら攻撃的で魅力のあるチームなので、好試合を期待して観戦。 
 試合はベルギー・ペースで、再三デブライネ、アザールがパス、ドリブルでチャンスを作る。なるほど躍動感のある攻撃。だけど肝心のシュートが撃てない。むしろフランスが敢えて持ち味の攻撃力を封印して、守って耐えているような印象。そして後半、フランスが先制すると、以降は「ドン引き」「時間稼ぎ」。準々決勝でも感じたけど、若くて攻撃のタレントぞろいのチームであるにもかかわらず「戦い方」を心得ているなという印象。持ち味を殺して「勝つ」ことに徹した試合運び。まあ、監督のデシャンの手腕なんでしょう。そのまま試合終了。後半はベルギーの攻撃陣も疲れてしまったのか、先制された後はいいところがありませんでした。 
 ベルギー、確かにタレント揃いで攻撃も多彩でチームとしては魅力があるし、見ていて面白かったのは事実。だけど敢えて持ち味を殺して「勝つ」ことに徹したフランスに「してやられた」試合という感じ。ベルギー、1試合だけじゃなく、もっともっと見たかったチームでした。

7/11(水) 3:00開始
クロアチア2-1イングランド(延長)
 
 同じく「見たいけど全く見ることが出来ないでいるチーム」がクロアチア。モドリッチ、マンジュキッチら攻撃のタレントが揃っていて魅力的なサッカーをするとの前評判のクロアチア。もともと1990年の旧ユーゴスラビアも好きだったし、ユーゴ系のサッカーは好きなスタイルだし。一方のイングランドは準々決勝が初見だったけど「古典的で躍動感がない、だけど伝統の戦い方」のチームという印象。当然クロアチアの方が好感度は高いので、クロアチアに肩入れしつつ観戦。
 前半開始早々、イングランドが得意のセットプレーから先制。以降は華麗に攻撃を仕掛けるクロアチア、守って耐えつつ時々縦パスやセットプレーから得点を狙うイングランドという展開。クロアチア、攻撃の形は出来ているけどやはり得点が奪えずで膠着状態に。イングランドのモッサリしたサッカーのせいで、またしても眠気が…。まさかこのまま、と思った後半23分にようやく同点に。そのまま延長に。
 クロアチアは決勝トーナメント初戦、準々決勝と連続して延長PK。いや、こうなるとスタミナ的にも厳しいだろうし、イングランドが勝つのか…。と思いきや、時々パスの精度が落ちたり、ミスしたりしつつも、攻撃にディフェンスにと動き回るモドリッチの運動量に驚愕。そして延長後半に、やはり足を引きずっていたはずのマンジュキッチが決勝ゴール。最後はイングランドも交代枠を使い果たした後に故障者が出て10人になりながらもカウンターを仕掛けて。それも及ばず試合終了。まさに「死闘」という言葉がピッタリ。勝った方も負けた方も「精魂尽き果てた」ような大変な試合でした。
 イングランドは「時代遅れ」とも思えるようなモッサリしたサッカーだったけど、まあこれが伝統のイングランドのサッカーだし、エースのケイン他、メンバーも若いので、むしろ次の大会が注目かも。一方のクロアチア「華麗な」云々というイメージを持っていたけど、延長戦が続いたこともあってか、あまり持ち味は発揮できていなかったように思えました。だけど延長に入ってボロボロになりながらも必死にボールを追い走りまくるモドリッチやマンジュキッチの姿に「勝利への執念」を感じ好感を覚えました。今大会のフランスの戦い方はあまり好きではないので、決勝はクロアチアを応援したいとは思うけど、3試合連続の延長戦、果たして体力が持つのかどうかが心配。もしも戻らない場合、フランスの一方的な試合になってしまう可能性もあるし。いや、せっかくの決勝なので、良い試合を期待したいところです。

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# by stakec68 | 2018-07-13 17:39 | ワールドカップ・サッカー

 ワールドカップは準々決勝へ。いつもなら「準々決勝以降は全試合視聴」を目指すところだけど、先週から今週にかけてそれどころじゃなくって。相変わらず忙しい、疲れがとれない、眠い、夜はすぐ落ちてしまう。それに加えて先週は台風接近(大したことなかった)、その後は「数10年にあるかないかの大雨に関する警報」が丸3日間出続けるほどの大雨。幸い家の周辺は何事もなく、避難の必要はなかったけど、さすがに「命を守ることを第一に考えて行動してください」云々の警告が何度も何度も出されたら落ち着かないし、ただですら疲れているのに、ますます疲れがとれず・・・。

 そんなこんなで「準々決勝は全試合見たい」と思ってたけど半分の2試合しか見ることが出来なかったし、試合中も画面が小さくなって警告の文字が出っぱなしだったので、落ち着いてみることも出来ず、全く楽しめませんでした。

7/6(金) 23:00開始
フランス2-0ウルグアイ
まさに大雨に関する様々な警報が出まくっていた夜の試合。正直、常に画面に表示される字幕の方が気になって、あまり印象に残りませんでした。ウルグアイはスアレス、カバーニの2トップのうちカバーニを故障で欠いていたので本来の力を発揮できず。一方のフランスは相変わらずエムバペを中心とした早くて迫力ある攻撃力で押し気味に試合を進めていたけど、守備に攻撃に献身的に動き回るカンテと何度も好セーブを見せたキーパーのロイスが印象に残る試合でした。あと2点リードした後はしっかり守って反撃を許さない手堅さ、あとは時間の使い方など、若いチームのわりにはしたたか。最後はウルグアイの方が諦めてしまったように見えました。いや、やはり今大会はフランスが優勝候補か?

・・・この日は深夜3時からベルギーvsブラジル戦も行われていて、正直こっちの試合の方を見たかったところ。さすがに今の忙しい、眠い毎日では絶対に見ることは叶わず。ブラジルをベルギーが撃破、準決勝のフランスvsベルギー戦の勝者が優勝するかな。

7/7(土) 23:00開始
イングランド2-0スウェーデン
 その翌日、ようやく天気は回復したものの、土砂災害に関する警報が出されたままの一日。この日も画面が小さくなって、字幕が出たまま、落ち着かない状態で観戦。しかもこの日は仕事も忙しかったので、疲れ切った状態でテレビの前へ。どちらのチームも今大会はじめて見るけど、あまり評判は高くない様子。なるほど久々出場のスウェーデンは守備を固めてカウンター(それももっさりした動きの)だけの一本調子のチーム。イングランドも珍しく勝ち進んできたから「強いのか?」と思いきや、1980年代、90年代のような、長い縦パスとセットプレーだけが頼みの地味なチーム。両チームとも地味で動きが遅くて躍動感がないので、連日の疲れと眠気のせいもあって、気がついたら落ちていました。
 そして気がついたらイングランドがセットプレーから先制。とはいえスウェーデンの攻撃も躍動感がないし、再び眠気が…。何度か落ちては起きるを繰り返しながら最後まで観戦したけど、印象に残ったのはイングランドのキーパー・ピックフォードがたびたび見せた好セーブと相変わらず大合唱を続ける独特の応援が心地よいイングランド・サポーターのみ。他には見ていて「おお」と思うようなシーンがないまま試合終了。これならこの後3時から行われるクロアチアvsロシアを見た方がよかったかも…。
 とはいえ、こういう地味な時ほど勝ち上がるのがイングランド。ベッカム、ジェラード、ランパードが揃っていて「黄金の中盤」云々言われた頃の方が結果が出てなかったわけで。いや、見ていて面白いチームではないけど、実はこういう「いつものイングランド」の時の方が侮れないかも。

・・・この日の3時の試合ではPK戦の末、クロアチアがロシアを降したとか。タレント集団で強いと評判のクロアチア、今大会一度も見ることができていないのが残念。うーん、今大会は時差の関係で比較的見やすい大会だったはずなのに、連日疲れて眠いので体力が持たず、ほとんど見ないうちに次は準決勝か・・・。しかも準決勝は2試合とも深夜3時開始、いや勘弁してくださいよ…。

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# by stakec68 | 2018-07-11 19:07 | ワールドカップ・サッカー

 この1週間は帰宅が遅い、眠い、疲れたの連続。せっかくのワールドカップ決勝トーナメント突入、これから面白くなるところなのに全く試合を見ることが出来ませんでした。

6/30(土) 23:00開始
フランス4-3アルゼンチン
 
そんな中、唯一リアルタイム視聴できたのがこの試合。先日書いたように昔から「アンチ・ワンマン・チーム」だし、フランスは1980年代から比較的好きなチームなので断然、フランスを応援しての観戦。スコアだけ見ると「点の取り合い=撃ち合い」だけど、内容はフランスの圧勝。エムバペをはじめ、とにかく速い、強い。アルゼンチン成すすべなしという試合。本当にアルゼンチンの脆さとフランスの強さ、速さだけが印象に残りました。フランス、若いメンバーばかりだし「新しい時代のサッカー」をやっているように映りました。

・・・で、今回メインで書きたかったのは、自分がテレビ観戦した試合のことではなく、やはり日本代表のこと。 

この忙しい最中に深夜3時からの試合を起きて観戦するという選択肢は私にはありませんでした。いや、やはり深夜3時開始だった2010年のデンマーク戦(こちら)は、「帰宅後すぐに寝る→3時に起きて観戦→終了後二度寝」という手を使って生観戦したけど、やはりこの4年間ずっと抱えてきた「日本サッカー界への不信感」を拭えないまま大会に突入、しかも唯一生観戦することが出来たポーランド戦を見て感じたガッカリ感もあったので「そこまでして見たい」とも思えず。しかも相手は優勝候補の呼び声も高いベルギー、大惨敗するところをわざわざ無理してキツイ想いをしてまで見ることもなかろうと・・・。 

翌日朝7時、携帯の目覚ましで目が覚めた私は、携帯で試合結果を見る。「日本、惜しくも敗れる」「2点リードを守れず」「後半ロスタイムに・・・」云々の文字が躍る。「敗れたが接戦を演じた」ことをこの時点で悟った私は、すぐにテレビをつける。朝のワイドショーで早速速報をやっていた。 それを見た最初の感想。「へえ、2点先制したのか」。ひょっとして生観戦していたら、4年間抱え続けた日本サッカー界への不信感なんて吹っ飛んで、本気でのめり込んで、興奮気味に応援していたかもしれないなあ。だけどその後、2点とられて追いつかれる。そして試合は後半ロスタイム、生で見ていたら「ああ、延長戦か」と思っただろうなあ。しかもコーナーキックのチャンス。生で見ていたら「まさか勝てる?」と思ってただろうなあ。ところが、本田のコーナーキックを直接キャッチしたベルギーのキーパーは素早く前方へ、それを受けたデブライネが高速ドリブルで一気に上がる、そしてゴール前のシャドリにパス、そして決勝ゴール…。まさに今の世界のトレンド=縦に早いサッカーのお手本のような高速カウンター。結果を分かって見ていたVTRのはずなのに、思わず呆然としてしまいました。結果を分かって見てもこれだけ衝撃的ということは、もしも生観戦していたら、昌子同様、床を叩いて悔しがったかもしれない。久々に「日本代表のサッカーで熱くなれた」んじゃないかと推測できます。いや、生で見るべきだった・・・・。また試合後の西野監督や選手のインタビューを見ていると、この4年間の「日本サッカー界への不信感」も吹っ飛び、思わず目が潤みそうになってしまいました。生で見ていたら私の「日本サッカー界への不信感」は完全に消え、同時に「よくやった」と素直に思えたかもしれません。

 でも生で見ていないからなのかもしれないけど、私には純粋に「よくやった」とは思えないでいます。確かに「緩い横パス、バックパス」「パスを回すばかりでシュートを撃たない」躍動感のない、眠気を誘うような「ウスノロ自分たちのサッカー」は影を潜めた。クールすぎて「熱くない」「戦っていない」姿勢の選手が多いことに物足りなさを感じたこの4,5年だったけど、選手の「熱い気持ち」「戦う姿勢」も感じることが出来た。だから「暗黒時代は脱しつつある」のかもしれない。でも「2点取られたが、3点も取り返された」「後半、特にロスタイムに入ってやられる」のは、ドーハの悲劇、2006年ワールドカップのオーストラリア戦等、「詰めが甘い」いつもの日本の姿だし、相変わらずの悪い癖。本当に手放しで喜んでいいのか? ハリルホジッチ前監督の下、目指してきたのに極めることが出来なかった「縦に速い速攻」でやられてしまったのもむしろ、皮肉を感じてしまいます。生観戦していたら私も世間一般の人たちと同じように「よくやった」と思ったのかもしれないけど、むしろ「まだまだ世界の壁は厚かった」「暗黒時代は脱したが、相変わらず悪い癖が出た、課題が解消されていない」というのが、今の私の素直な感想です。

 しかも帰国後、またしても監督交代話が出てる。またベテランばかりで中島ら有望な若手を外した分、次の代表チームを編成した際に経験不足から苦戦されることも予想される。そして相変わらず協会幹部は責任は取らず、総括もしないまま次の監督選びの話・・・。いやいや、ひょっとするとまだ暗黒時代は終わらないかもしれません。とりあえず日本代表に関しては「新監督就任」「新チーム結成」後どうなるのか?動向追っていきたいと思います。

 それから表題の言葉、私の大嫌いな言葉です。ベルギー戦を見ていない私が言わないのは当然だけど、もし見ていても絶対に言わない。スポーツを観戦して感動することはもちろんあるけど、選手にかける言葉としては適切ではないと思うし、むしろ違和感しかありません。まして敗れた試合でこんなこと言われて、選手が喜ぶと思ってるのか? むしろ悔しさが増長するじゃないか、というのが素直な感想。 「これでワールドカップは終わった」「また4年後」とか言ってる人も同様。大会は準々決勝へ、本当に盛り上がるのはこれからだろうよ!!!
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# by stakec68 | 2018-07-05 23:59 | ワールドカップ・サッカー