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落書き帳

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2019年 04月 12日

時代は変わる・・・

 2月以来久々の更新ですが、いろいろな点で時代は大きく変わっていくようで・・・・。

 3月末で本当にジオシティーズがサービス終了、利用者である私に何の通知もないまま、約20年間続いたROCK 'N' ROLL PEOPLEはネット上から姿を消しました。4月1日に帰宅後、アクセスしたら本当にありませんでした。当たり前のように存在していたものが急に消えてしまった、一時期は自分の分身だとすら思っていたのに…。正直、今更何の感慨も、寂しさもないけど「ああ、本当になくなってしまったんだな」と少しだけしんみりしてしまいました。同時に、ああ、俺はもうROCK 'N' ROLL PEOPLEの☆TAKEではなくなったんだなと思うと、むしろ肩の荷が下りた想い。いや「ロック気分」が減退して10年近くも経つのに、サイトが存在しているがために、ROCK 'N' ROLL PEOPLEの☆TAKEの看板を背負わざるを得なかったわけで。だったら削除してしまえばよかったじゃないか?と思う人もいるだろうけど、結局自ら「閉鎖」「削除」する勇気はなかったので、むしろこういう形での「消滅」は、私にとっては良かったのかもしれません。ちなみに私の手掛けたサイトはネット上からは消えたけど、私のPCのHDの中にはまだ存在してます。

 というわけで、ついにこの「落書き帳」は、ROCK 'N' ROLL PEOPLEの中のいちコンテンツではなく、独立したブログとして残される形になりました。以前は「ブログは嫌い」「ここはサイト内のいちコンテンツに過ぎない」と頑固に主張し続けてきたけど、遂に私は「ブログの管理人」になってしまいました。といっても、見ている人を意識したり、アクセスを増やすためにアピールしたり、常連さんを増やすために努力したりする気は一切ありません。あくまでも「自分自身の生存確認のため」に時々書くだけ。以前のように「最低でも週1回は書く」とか、「書きたいネタがあったら必ず書く」とかではなく、「気が向いたら書く」のみ。逆に気が向かなかったら「書きたいネタ」があっても書かないし、書きたいネタ」がなくっても、「気が向いたら」連続で更新するかもしれません。

 2月上旬~4月上旬にかけては、ここ数年でも例を見ないほどの忙しさでした。気がつけば4月になり、新年度になり、サイトが消えていました。また、気がつけば「令和」なる新しい時代を迎えることになりました。思えば、ついこの前昭和が終わって、平成になったような気がしていたけど、私の人生で2回目、3つ目の元号へ。いやいや、時代って、気がつかないうちに勝手に変わっていくもんなんだなあ・・・。


# by stakec68 | 2019-04-12 16:28 | 自分自身の話
2019年 02月 15日

とにかく無事で・・・

 先日何気なくYahooのトップページを見ていたら、競泳の池江璃花子の写真が。ああ、またどこかの大会で優勝したとかの記事かな。ところがなぜかそこに「白血病」の文字が。一体何が起こったのか、瞬時には理解できませんでした。若くて才能あるアスリートの名前と、「白血病」の文字が全く結びつかないし・・・。記事を読んでようやく現実を理解しましたが、これは久々の衝撃でした。まるでドラマか映画のよう…。
 
 正直言えば、スポーツ観戦好きの私ですが、競泳はそんなに積極的に見ていません。オリンピックの時以外は不思議と縁がない。いや、決して関心がないわけではないけど、頻繁に見ているわけでもない、「たまたま家にいて時間が合えば見る」くらい。だから特別彼女に思い入れがあったわけではない。でもリオ五輪の頃から「天才少女」として注目されていたし、次々に記録更新していること、様々な大会で複数の種目でメダル獲得して活躍していることは当然知っていました。また、東京五輪の時がちょうど年齢的にいっても「全盛期」になるだろう、「東京五輪の日本選手団の中でも最も注目され、期待されるひとり」になりそうなことも理解していました。そんなことよりも何よりも、大学進学を控えた、まさに人生これから、前途洋々、そんな希望と夢に満ち溢れた18歳。アスリートとしても、人としても、「これから」の人。そんな、これから「輝ける時」を迎えようしていた若者になんて酷いことを・・・・。思い入れのある選手だったわけでもないけど、あまりにも残酷な現実に、複雑な気持ちになってしまいました。

 しかしマスコミは「東京オリンピックに間に合うのか?」とか「復帰がは可能か?」等の報道を続ける。おいおい、「生きるか死ぬか」って時に「オリンピック云々」って、ちょっとおかしいだろう。私がこのニュースを聞いた時に最初に感じたのは「無事に病魔に勝って生還して欲しい」ということ。競技云々じゃなく、まずは「生きて欲しい」「治って欲しい」ということが先でした。もちろん、東京五輪に間に合うのが一番だし、もし間に合わなかったとしても競技に復帰できればいいなとも思うけど、それはまず「治る」「生還する」ことが先決でしょう。あと、延々何日もこの件で引っ張るのではなく、「あとは静かに見守る」「無事に戻ってくるのを待つ」でいいじゃないか。私はとにかく「無事に生還して欲しい」この想いだけです。夢と希望に満ち溢れた18歳、そんな彼女の将来が奪われないことを祈っています。


# by stakec68 | 2019-02-15 21:32 | スポーツ・ネタ
2019年 02月 01日

伊達直人(2)

 同じタイトルで書いたのがもう8年前になってしまいました(こちら)。そちらで書いた通り、私の中で非常に思い入れの強いアニメ「タイガーマスク」。幼少の頃は純粋に「ヒーローもの」として、小学生の頃は「プロレス・アニメ」として、中学生の時には「一人の男の生きざまを描いた人間ドラマ」として楽しみ、心酔して、夢中になり、大変な影響を受けたものです。何度か書いてきた通り、中学生以降は「アニメ」というものをほとんど見なくなった私だけど、そんな私が「思い入れの強いアニメ・ベスト3」を選んだら、どんな時でも絶対にベスト3に入るであろう、それほど「好き」を超えて、「影響を受けた」番組でした。

 しかしこれもリンク先に書いた通り、今ではまず地上波では放送不可能、DVDは売ってるけど「前105話セット」でバカ高いし、「二度と見ることが出来ない」と諦めていました。実は2011年のリンク先のログを書いた時点で「伊達直人運動」の影響でどこかのCS局が放映してくれるんじゃないか?とほのかな期待をしてたんですが、それも叶いませんでした。その時点で「ああ、本当にもう二度と見ることが出来なさそう」と本気で諦めました。ところが、昨年から東映チャンネルで放映開始。正直、諦めていました。それなだけに本気で嬉しかったし、番組表に「タイガーマスク」のタイトルを見た時、本気で目が潤んでしまいました。そして当然、第1話から欠かさず視聴してきましたが、つい先日、最終回を迎えました。実に中1の時=1981年、昭和56年の再放送以来、37年ぶりの視聴でした。幼少の頃は「ヒーロー・アニメ」、小学生の頃は「プロレス・アニメ」、中学生の時は「男の生きざまを描いたアニメ」として感動させられた。はて、50歳の今の私にはどう映るのやら…。

 いや、50歳の私の目にも「最高のアニメ」だと映りました。小学生くらいの頃は純粋にプロレスの試合のシーンに一番惹きつけられましたが、今の私が惹きつけれらたのはむしろ、プロレス以外の部分。巡業先で出会った貧しい子供たちや個性的な人々との触れ合い、公害や交通戦争等の社会問題を描いたストーリーは、最早子供番組の息を超えた純粋な「社会ドラマ」として見ることが出来る。中学生の頃に惹かれた「伊達直人の生きざま」だけど、やはり当時は中学生だったので「カッコいい大人の男への憧れ」のような目で見ていた。だけど彼の年齢を大きく超えた今の私には、元悪役であることに悩んだり、虎の穴に命を常に狙われていることで恐怖を感じて怯えたり、意外と「完全無欠」ではない、人間臭い伊達直人に惹かれました。明日をも知れない、でも生きていかなければいけない、立ち向かっていかなければいけない、そんな運命を背負った等身大の男の人間ドラマ。そこに魅力を感じました。

 中でも最も心惹かれたのが、ちびっ子ハウスのルリ子さんと伊達直人の関係。まるでメロドラマ、ラブストーリーのよう。いや、これは最早「子供向けアニメ」じゃないだろう。特に「タイガーマスクが伊達直人」であることを知り、虎の穴に命を狙われ続ける彼の運命を知って嘆き、悲しみ、「虎の穴のボスであるタイガー・ザ・グレートとの試合を止めたい、でも止められない」ことで苦しむルリ子。その気持ちを知りつつ、敢えて突き放す直人・・・、って、こんなの、小学生のガキが見たって分からないだろう。いや、正直幼少の頃、小学生の頃、中学生の頃に視聴した私にも理解できませんでした。実際「2話も使ってこんなのやらずに早く試合に行け」と思って見てた記憶がある。実は今回視聴して一番引き込まれ、録画までして何度も視聴したのは、その2話でした。いや、こんなの最早アニメ、子供番組じゃないだろう。

 最終回、マスクを剥がされたタイガーマスク=伊達直人が、ラフファイトと反則で虎の穴のボス=タイガー・ザ・グレートを殺害(最早試合じゃないだろう!!)するシーン、幼少の頃、小学生の頃、中学生の頃見た時は衝撃を受けた反面、「最後までクリーンに戦って倒した方が最終回にふさわしいのに」と思って、理解できませんでした。でも、今なら分かります。「虎の穴に命を狙われて明日をも知れぬ」タイガーマスク、だけど素顔のキザ兄ちゃん=伊達直人としてちびっ子ハウスを訪れて子供たちと触れ合う時、その現実を一時でも忘れることが出来た。それが直人にとって「ささやかな幸せ」だったはず。また健太をはじめとしたちびっこハウスの子供たちにとってタイガーマスクは心のよりどころ。その正体が「キザ兄ちゃん」だと分かってしまえば、子供たちの「心のよりどころ」が失われてしまう。つまりマスクを剥がされて正体が分かった瞬間、直人は「ささやかな幸せ=今までの日常」を失ってしまった、同時に子供たちの「心のよりどころ」も失われてしまった。「すべてをなくした=死んだも同然」になった男がとった行動、それが「今まで自分を苦しめてきたもの=虎の穴を道連れにする」ことと解釈すれば理解できる。だから幼少の頃、小学生の頃、中学生の頃に最終回を視聴した時は「衝撃」「恐怖」を感じたけど、今の私はとても悲しい気持ちでいっぱいになり、涙をこらえることが出来ませんでした。「最終回を見終わった後、呆然としてしまった」のはあの頃と同じだけど、違った意味で「呆然」としてしまいました。

 あと幼少の頃には「偉そうで古風な爺さん」にしか映らなかった嵐先生、「直人の味方だけどカッコ悪くて野暮ったいオッサン」と思っていた大門大吾、この2人が非常に魅力的なキャラクターに思えました。それよりも何よりもルリ子さん。幼少の頃、小学生の頃は「お母さんみたいな人」、中学生の頃は「オバサン」と思ってたけど、実に健気で気高く、それでいて強くて優しい、本当に理想的なヒロイン。直人のことを思いつつも、いつも控えめで出しゃばらない、それでいて優しく見守る。今更ながらファンになってしまいました。それからミスターX、ただの「憎たらしい悪役」と思ってたけど、タイガー抹殺のために手段を選ばない非道な男だけど、実はボスや3大幹部の陰に怯えたり、取り入ろうとしたり、何となく「中間管理職の悲哀」のようなものを感じて、少し哀れにも映りました。いや、しかしやっぱり、これ、子供向け番組のキャラクターじゃないだろう。

 というわけで、諦めていた番組、37年ぶりに全話視聴したけど、やっぱり結論は変わりません。「俺が見てきたすべてのアニメの中でもベスト3に入るほど思い入れが強く、影響を受けたアニメ」。しばらく「タイガーマスク・ロス」が続きそうです。


# by stakec68 | 2019-02-01 00:21 | テレビ、芸能
2019年 01月 21日

遠くて高くついた「日帰り放浪」

 一昨年あたりから2連休すらとることが難しくなったので、めったに「日帰り放浪」すらできない私。実は「落書き帳」からしばらく遠ざかっていた昨年の下半期にも何度か事前に計画はしていたんだけど「天気が悪い」「連休が急にとれなくなる」「寝過ごしてしまった」等で流れてしまったり、目的地を急に変更したりを余儀なくされてきました。そんな中、先週ようやく2連休がとれ、なおかつ天候にも恵まれたので、久々に「日帰り放浪」してきました。

 目的地は岡山、高松。いや、距離的には「日帰り」が難しい「遠方」にはなるけど、新幹線を使えば岡山までは1時間20分程度。基本的に経済的な問題もあるので「日帰り放浪には新幹線は使わない」主義なんだけど、昨年下半期から何度も何度も諦めてきたので「たまにはよかろう」と。片道1万円以上は痛かったけど・・・。

 小倉駅から新幹線で岡山へ。いや、新幹線使うのは何年振りか。いつの間にか土産物屋や売店がすべてセブンイレブンになっていて「風情がない」「味気ない」と思いつつ、昼食のパンを売店で購入。いや、こんなパン、普段でも食べてるので「放浪ならではの特別感」もない。そしてわずか1時間20分程度で岡山に着く。いや、随分近くなったものだ。

 そして2度の「日帰り放浪」以来、すっかりお気に入りになった四国方面へ。平尾昌晃の訃報を聞いた際、急にJR四国のホームに流れる「瀬戸の花嫁」のメロディを聞きたくなったこともあったっけ。それなだけに「待望の四国方面の在来線乗車」だったけど、ホームで列車を待っている時にあのメロディが流れ始めた時は、思わず目が潤みそうになってしまいました。瀬戸大橋線を通る快速マリンライナーに乗車、約1時間で高松に到着した。

 高松は2010年に2泊した街。あの頃とほとんど変わってない。今日は日帰りなので駅周辺と港周辺を軽く散策。2010年にここを訪れた際は、ちょうど「瀬戸内国際芸術祭」が行われていたので、女木島、男木島等へ向かうフェリー乗り場は大勢の人ごみでゴッタ返していたものだけど、さすがに今日は冬の単なる平日。人気もなく寂しいし閑散としている。周辺を約1時間程度散策したところで夕方4時前になったので、再び快速マリンライナーで岡山に引き返した。絶対に次は3泊、4泊してゆっくり四国放浪したいけど、果たしてそれが叶うのは何年後になるやら。

 岡山駅に戻ってきたのは夕方5時前。考えてみれば岡山って、四国方面に向かう際の乗り換えとか、学生時代に就職活動で上京した際に新幹線の乗り換えのために降りたことはあったけど、改札を出てちゃんと「訪問した」ことが一度もない街。何度も乗り換えのために下車していたので意外。街に関する知識も何もない。だけど駅から外に出るとそこに路面電車乗り場が。えっ?岡山って路面電車があるのか!! 実は全く知りませんでした。とりあえず人ごみの流れのまま、乗り場に行って乗車してみる。異常に混んでいるけど、なぜか大半の客が城下という電停で降りるので「ひょっとしてここが街で一番賑わってる場所なのかも、じゃあ」ということで降りてみる。

 降りて人の流れる方向に歩いてみる。標識に「岡山城まで徒歩〇〇m」とか、「後楽園まで徒歩〇〇m」とか書いてるので、みんなそっちに向かってるのかな? とはいえ時間は既に夕方5時半過ぎ。夏場ならともかく、1月の5時半なんてもう薄暗い状態。いや、こんな時間に観光名所巡りでもないだろうに。大きな川が流れていて、そのはるか向こうに城が見える。うん、いい景色。「水周り好き」の私から見ても魅力的な景色なので、例によって何枚か撮影した。・・・んだけど、既に薄暗かったせいでうまく撮影出来てませんでした。残念…。よく見ると「路面電車を降りた人ごみ」が向っている先は、実は城でも後楽園でもなく、古ぼけたホールのような建物。どうやらライブかイベントに向かう人たちだったらしい。帰宅後にネットで調べて知ったことだけど、実はその建物は岡山市民会館、当日行われていたのはドリカムのライブだったらしい・・・。

 あたりが暗くなりはじめたので再び路面電車で岡山駅に戻る。しかし岡山市って人口70万程度らしいけど、駅周辺の人ごみの多さ、賑わいは北九州市の小倉駅周辺よりもはるかに凄いし、福岡市にも引けをとらないものが。だけどそんな人ごみの中を急ハンドルで突き抜けていく自転車の大群、信号が変わると同時に人を押しのけて走り出す人たち・・・。申し訳ないですけど、あまり散策していて楽しい街ではありませんでした。駅ビルの中で夕食でも、岡山ならではの食べ物って何? ある店に「岡山名物えびめし、デミカツ丼」とある。へえ、知らなかったけどちょっと食べてみるか。というわけでデミカツ丼を食べる。ご飯が思ったより少ないのと、デミグラスソースとカツの組み合わせって、あまり合わないかな? という気もしたけど、まあ、「岡山ならでは」のものを食べることが出来たので満足。しかも一人用の席もあるし、軽くビールとおつまみをを注文することも出来る店のようだし、こういう店が近くにあればいいんだけど…。残念ながら岡山を訪れることはもうないと思うけど、リピートしたくなる店でした。

 土産物屋で「岡山限定ビール」というのを売っていたので、それを買って新幹線に乗車。これをチビチビ飲みながら車内で過ごそう、と思ってたんだけど…。乗ったのが夜7時台の「のぞみ」自由席だったせいで、とても「ゆっくり過ごせる」ような環境じゃない。仕方なくそのビールは持ち帰って、自宅でいただきました。あと昨年3月の「JR九州ダイヤ改悪」のせいで、せっかく小倉駅に夜9時前に着いたのに、最寄り駅までの在来線がなんと、30分以上もないお粗末さ。夜9時前に小倉駅に着いたのに帰宅したのが10時半前っておかしいだろう!!本来連絡がよければ新幹線下車から40分後には自宅に帰り着いても不思議じゃない距離なのに。最後は「JR九州ダイヤ改悪」にイライラさせられて、私の久々の「日帰り放浪」は終わりました。


# by stakec68 | 2019-01-21 18:45 | 旅、放浪
2019年 01月 02日

ただただ慌ただしく忙しい年末年始

 「結論」に達したのでようやく落ち着きました。新年を迎えましたが、例によって挨拶等は省略。

 前年同様、大晦日は出勤。早めに退社、帰宅途中でスーパーに寄って、年末年始らしい食べ物や「年越し」用の酒とつまみを買う予定が、なかなか退社できず、退社時間が予定より2時間以上も遅くなりました。一応、スーパーには寄ってくることが出来ましたが、帰宅したのは19時過ぎ。本当に慌ただしく退社して、慌ただしく買い物をして帰宅したので、あっという間に大晦日の夜を迎えました。いや、こんなに疲れた大晦日は、今まで生きてきた50年ではじめてでした。

 まあ、おかげで「年末になると月日の流れを意識してしまって気持ちが鬱になる」暇すらありませんでした。当然、某歌合戦を見るでもなく、ケーブルテレビで録画予約していた1974年=昭和49年のレコード大賞を見ながら軽くウイスキーを飲んで過ごしました。そしてこの年の大賞の「襟裳岬」を歌う森進一の映像を見ているうちに、気がついたら2019年の1月1日になっていました。本当に「気持ちが鬱になる」暇もありませんでした。

 翌日の1/1、そうして今日、1/2はケーブルテレビでドラマやアニメの「一挙放送」をなんとなく見ていたら、あっという間に1/2のこんな時間。年末年始、正月とか、特に意識する暇もなく、あっという間に時間が過ぎてしまいました。まあ、単なる普通の2連休と同じ。いや、家事をするでもない、通院(敢えて触れなかったが、2018年から月1で2つの病院にかかってます)するでもない、「何もせずに終わった2連休」というのもかなりレアかも。実際、2連休自体、月に1回あるか、ないかだし。

 本当に「慌ただしくてあっという間に終わった年末年始」「何もせずにボケっと過ごした2連休」、おかげで「年の変わり目」とか、「月日の流れを意識する」なんてこともありませんでした。そして明日からまた「慌ただしい日常」のはじまりか・・・。


# by stakec68 | 2019-01-02 17:24 | 自分自身の話
2018年 12月 31日

もう決めた

 大晦日だけど、例によって「振り返り」ネタはなし、挨拶もなし。

 先日から迷っていたけど、とりあえず「サイトは3月末=ジオシティーズ終了をもって自然消滅、『落書き帳』は継続」でいきたいと思います。この「落書き帳」は本来、「ROCK 'N' ROLL PEOPLEの管理人がロックと関係のない、関心事や思いついたことを何となく書く場所」としてはじめたものなので、表のサイトがなくなれば、ここもなくなって当たり前と思っていました。

 でも先日から書いている通り、「自分の思ったこと、自分の見たテレビやスポーツを見て感じたこと」などを話せる相手もいない私。また1997年末にネットをはじめて以降、ずっとそうした話をネット上に書くことが完全に習慣になっている。だったら今後もここは継続させた方が自分にとってはプラスになることは間違ない。どうせ「いつも見ている常連さん」なんていないんだから、人の目を気にすることなんてないし。

 今年は書きたいネタがあるのに、なぜか書きたい「気分」にならない時期もあったので、一時は「なくしてしまってもいいかな」と思ったこともありました。でも、以前のように「最低週1回は書く」とか決めずに「書きたくなったら書く」でいいじゃないか。今は素直にそう思います。そう、どうせ定期的に見ている人なんていないんだから。

 あと「プライベートはことはなるべく書かない」ポリシーも貫いていきたいと思います。仕事とか、会社とか、自分の周りの人のこととか、自分の名前、住所とかには触れない。確かに「どうせ誰も見ていない」かもしれないけど、「書いているのが誰か?」については「公表したくない」ので。

 ということで、ずっと迷っていたけど、表のサイトがなくなっても、この「落書き帳」は継続したいと思います。また、最早「見ている誰か」のことなんて意識しないので、「週に1回必ず書く」とか、「関心事があったら必ず書く」とか決めないで、「書きたい時だけ書く」スタンスでやっていきたいと思います。「過去ログ傑作集」に関しては一旦自然消滅、復活させたくなったらジオシティーズの代わりの無料レンタル・サーバを探してアップします。表のサイトはジオシティーズ終了と同時に自然消滅します。まあ、私自身が最早「ロック気分」から遠ざかって久しいし、どうせ見ている人もいないだろうから別に問題ないだろうし。


# by stakec68 | 2018-12-31 20:13 | パソコン、ネット
2018年 12月 21日

遂に訪れた「決断の時」? ・・・その後

 その後、ずっと考えていました、表のサイトのこと、この「落書き帳」のこと、存続させるべきか否か・・・。

 まだまだ気持ちが揺れているというのが正直なところです。先日のログを書いた直後は「表のサイトは事実上休止状態だから自然消滅させる、『落書き帳』も最近は『書きたい』気持ちが減退してるし、もともと表のサイトと表裏一体な存在なんだから、表のサイトと運命を共にして終わらせる」。一旦はそう決めました。

 だけど12月上旬から「書きたい」ネタがいっぱいあった。スポーツ・ネタ、ケーブルテレビで見た懐かしいドラマの話、自分の身の回りの出来事、福岡ローカルのネタ・・・。少なく見積もっても5~8の「書きたい」ネタがありました。そんな話、私の周囲の人=職場の同僚や家族(といっても母だけ)にしても誰も興味を示さないに決まっているので、「話したい」とも思わない。そんな「たわいもない話」が出来る友人などいない。

  でも「誰かに話したい」、そんなネタがあったときいつも、私はこの「落書き帳」に書いてきました。というより、私がネットをはじめた1997年の暮れ以降、いつもネット上に「書き込む」という形で表現してきました。ネットをはじめた当初は行きつけの掲示板に、自分のサイトを立ち上げた後は音楽ネタは表のサイトを使って、音楽ネタ以外のたわいもない話は自分のサイトの掲示板に書いてきました。自分の掲示板を閉鎖して以降はこの「落書き帳」に書いてきました。

 だからもしも今、この「落書き帳」まで自然消滅させてしまったら、私自身の「想うこと」を表現できる場がなくなってしまう。いや、自分の「想うこと」を書くだけなら、ネット上に公開せず、自分のPCの中で「日記」でも書けばいいのかもしれない。だけど「ネット上に発信したい」ということは、実は「誰かに聞いて欲しい」のかもしれない。いや、表のサイトが「開店休業状態」になって以降、以前の常連さんなんて去ってしまっただろうし、「音楽を語らない☆TAKE」になんて誰も興味がないだろう。だから「最早見ている誰かを意識して書くことはない」と何度か書いたけど、実は「ネット上に発信して誰かに見て欲しい」欲求がまだ残ってるのかもしれません。

 「だったらツイッターでもやれば?」という人もいるだろうけど、あんな「お手軽」な形態は私の思う「発信方法」とは違うし、あれでは私の欲求は満たされない。一言二言呟くだけ、いや、私の求めてるものと全く違う。あと「そんなに寂しいならコメントつけられるようにしたり、『いいね』出来るようにすれば?」と思う人もいるだろうけど、表のサイトをやっていた頃のように「反響が欲しい」なんて気持ちは一切ない。誰かと「繋がりたい」気持ちももうない。表のサイトをやっていた時にいろいろあったので「もういいよ」という感じ。親しいと思ってた人に何度も陰口叩かれたし、「ネット上の絆」なんてもう信じていないから。

 だから今、ちょっと考えているのは、前回のログでは「あり得ない」とした「表のサイトは自然消滅、『落書き帳』だけこっそり続ける」という選択肢。ただ、今ジオシティーズに置いている「落書き帳」の「過去ログ傑作集」も消えてしまうのが唯一の問題点。この「落書き帳」を残すなら「過去ログ傑作集」もどうしても残したい。別の無料レンタルサーバを借りてそこに置くのか? それとも諦めて「過去ログ傑作集」はジオシティーズ消滅とともに消してしまうのか? まあ、表のサイトにしろ、「過去ログ傑作集」にしろ、私のPCの中には保存されているので、私一人で「こっそり楽しむ」ことは出来るんだけど…。


# by stakec68 | 2018-12-21 23:55 | パソコン、ネット
2018年 11月 26日

遂に訪れた「決断の時」?

 一度11月初旬に更新したっきり、またしても「話題はあるが書く気がしない」気分になってしばらく遠ざかっていました。

 そんなまさに今日なんだけど、いつものようにあれこれネットを見ていた時に衝撃の文字を発見。「2019年3月31日ジオシティーズ・サービス終了」。ガセかもしれんぞ、と思いつつ、約10年ぶりくらいにジオシティーズのサイトのトップ・ページにアクセスしてみる・・・。いや、ガセではなかった…。

 そこでしばらく考える。ああ、遂にROCK 'N' ROLL PEOPLEも消滅する日が来たか。まあ、もう10年以上も「ロック気分」が減退して更新がストップしているし、最早今読み返しても自分が書いた文章とは思えないし、復活させる気もないし…。だから「ちょうどいい機会だから、このまま自然消滅せてしまっても問題なかろう」。結局、「閉鎖しなきゃいけない、だけど閉鎖に踏み切れない、閉鎖する勇気がない」ままここまでズルズルきたので、むしろいい機会じゃないか。一旦はそう思いました。

 だけど次に一つ問題が。じゃあ、この「落書き帳」はどうする? もともと「ロック・サイトROCK 'N' ROLL PEOPLEの管理人が、ロック以外の雑談を何となく書く」ことを目的に始めたのがここ。だから「表のサイトあってこその『落書き帳』」「落書き帳は単体では存在しえないもの」。なので音楽気分が減退した時、本来なら「表のサイトは閉鎖、落書き帳だけ書き続ける」というのもありなんだろうけど、私の中でそれはあり得ない選択肢でした。その私の貫いてきたポリシーからいくと、ROCK 'N' ROLL PEOPLE消滅と同時に「落書き帳」も消滅させなければならない。実際、今年に入ってこの「落書き帳」すら「書きたい」という欲求が減退してるんだし。

 だけどいざとなると、この「落書き帳」をなくしてしまう気にもなれない。いや、なくなってしまったらなくなってしまったで「書きたい」欲求に駆られることは間違いない。なにしろ表のサイトは1998年=私が30歳の誕生日からやってるし、「落書き帳」も2000年=32歳の頃から書き続けている。つまり「ネット上で自分の思うことを書く」という行為が30歳の時から完全に習慣になっているし、その場所が自分からなくなってしまうというのは、何となく違和感がある。だからといってツイッターやFACE BOOKなんて、絶対にやろうとも思わない。だから「落書き帳」も同時になくすというのは、今の段階では考えられない。

 またこの「落書き帳」には「過去ログ傑作集」もある。2000年から私が「落書き帳」に書いてきた膨大な過去ログ。こいつは今、ジオ・シティーズのサーバ上にある。「落書き帳」を今後も継続するならば、こいつが消えてしまうのは困る。ということは、どこか別の無料ホームページ・レンタルサーバに移行しなきゃいけないんじゃないか。いや、どうせ無料レンタル・サーバに移行するんなら、落書き帳の過去ログだけじゃなくって、サイトごと引っ越してしまおうか・・・。

 そんなことを考えているうちに「ジオ・シティ終了後の身の振り方」をどうすべきか? 全く分からなくなってしまいました。当初は「どうせ開店休業中のサイトなんだから消えてしまえばよい」と思ってたはずなのに。まだサービス終了まで約4か月あるので、しばらく考えたいと思います、以下のどの選択肢をとるか・・・

(1) 2019年3月31日でROCK 'N' ROLL PEOPLE自然消滅、「落書き帳」も閉鎖
(2)2019年3月31日でROCK 'N' ROLL PEOPLE自然消滅、「落書き帳」は継続、「落書き帳」過去ログ傑作集は別サーバへ
(3)2019年3月31日よりROCK 'N' ROLL PEOPLEは開店休業状態のまま別サーバへ引っ越し、「落書き帳」も継続

間違っても「2019年3月31日でROCK 'N' ROLL PEOPLE自然消滅、『落書き帳』だけ継続」はあり得ません。
しかしもし(1)になった場合、1997年12月からネット上で活動してきた私の分身☆TAKEの「命日」になるということで、それを思うと(1)を選ぶ勇気はないかなあ・・・。


# by stakec68 | 2018-11-26 23:56 | パソコン、ネット
2018年 11月 06日

最終回のたびに訪れる「ロス」・・・

 まずは前置きというか言い訳。なんと9月15日以降、一度も何も書きませんでした。いや、確かに「忙しすぎる」のは相変わらずなんだけど、書きたいネタはいっぱいあった。なのになぜか「書く気が起きなかった」というのが正直なところ。今までなら何か感じたこと、思ったこと、気がついたことがあったら「落書き帳に書きたい」と思ってたはずなのに、なぜか「書きたい」という気が起きませんでした。まあ、ここは最早「見ている誰か」「しょっちゅう訪れている常連さん」のことなんて考えず、「自分自身の生存確認」のためだけに書いているので、「書きたいネタがいっぱいあるはずなのになぜか書きたくならないのなら、自分の気持ちに従ってしばらく何も書くまい」と思って、敢えて「落書き帳」を遠ざけていました。

 前置きが長くなったけど本題。夏からずっとケーブルテレビの東映チャンネルで「プロハンター」が放映されていました。実は「プロハンター」というドラマに関しては、2002年の12月にこんなもの(こちら)の中で思い入れを語っています。刑事ではなく探偵が活躍するアクション・ドラマといえば萩原健一の「傷だらけの天使」、松田優作の「探偵物語」、沖雅也や柴田恭兵、神田正輝の「俺たちは天使だ」などもあるけど、私がそんな中で断トツで好きだったのがこの「プロハンター」。実は低視聴率で半年で終わったらしいけど、リアルタイム=1981年=中1(リンク先で「小6」とあるのは間違いです)の時からずっとアクション・ドラマ好きだった亡き父と一緒に見ていました。ヤバいけどオシャレだった横浜の街の風景や空気感、そんな中で自由奔放に生きる探偵コンビの竜崎(演:草刈正雄)と水原(演:藤竜也)の、男から見ても思わず憧れてしまうカッコよさ、コミカルでテンポがよく、それでいてちょっと切ないストーリー、そして何よりもリンク先にある通り草刈正雄の使う「カベチョロ」「なんだっちゅーんだ」等の北九州弁・・・。もう、すべてが好きで好きで、リアルタイム視聴時も、その後何度か見た再放送時も、とにかく夢中で見ていた、まさに「憧れの大人の男」のドラマでした。

 ただ先に述べた探偵ドラマと比べると知名度が低いためか、その後再放送は少なく、おそらくリアルタイム視聴後は中3か高1=1983か1984年と、高3の時=1986年の計3回しか見たことがなくって…。リンク先の過去ログを書いた2002年当時も「見たい、見たい、でも再放送がない」ことが悲しくて書いたものでした。なので今回の東映チャンネルでの放映は「待望の再会」でした。

 そしてワクワクしながら第1話を視聴。だけど「あれっ?」というのが第一印象。ストーリーは滅茶苦茶、竜崎と水原2人のキャラクターも思っていたのと違う。その後2話、3話と進むにつれてだんだん2人のキャラクターがお馴染みのキャラになっていくけど、なんか序盤は試行錯誤? 確かに悪くないんだけどストーリー的にも「のめり込んで見る」ほど面白いと感じず。さらに中盤の10話前後からは、竜崎の出番が極端に少なくなる。水原が依頼者のゲストや「使いっ走り」の五島(演:柴田恭兵)や見習いの修(演:水上功治)と行動して、その間竜崎は悪人に拉致されていたり、別行動をとったりで画面から消える話が続く。ひょっとして草刈正雄が他の仕事が忙しくて、あまり撮影に参加できなかったのかもしれないけど・・・。でも「コンビもの」なのに2人が揃わないと画にならないし、魅力も半減する。なのでこの辺もなんか物足りない感じ。いや、期待外れか・・・。

 だけど17話と18話=九州ロケのあたりから急激に面白くなる。2人のキャラクター分けがしっかり出来上がって、2人の息もピッタリ、ジョークを飛ばし合ってるけど、どこまでが台詞でどこからがアドリブなんだろうというくらい自然体で魅力的で仲がよさそうに映る。ストーリーもただ面白い、カッコいいだけじゃなく、依頼人や事件関係者の悲しい運命が明らかになる話とか、竜崎が思いを寄せた女性が目の前で悲劇の死を遂げるとか、ちょっと切ない気持ちにさせられる話の連続。本当に17話以降は全話「名作」と呼べる内容。個人的には最終回1話前、生まれて初めて日本を訪れた日系ブラジル人女性(演:大滝裕子=現アマゾンズ)の依頼で「生みの父親」を探すも実は殺し屋だった・・・、「ロンリー・ハート」が最高傑作だと思います。いや、この話はリアル・タイム視聴時から一番好きな話です。

 そして面白い話の連続で盛り上がってきたところで、突然の最終回。しかも殺害された五島の仇を討ってヨットで南の島に消えていく2人・・・という突然のシリアスで衝撃的なラスト。リアルタイム視聴時も、その後の2回の再放送視聴時も、最終回を見終わった後、「ああ、もうこれで2人とはお別れか」と、とても切ない気持ちになったもの。そして最後の再放送から32年ぶりに視聴した今回もまた、ポッカリ心に穴が開いたかのような気分。最早今の私は当時の2人よりも年をとってしまったので「カッコいい大人への憧れ」なんてないはずなのに、なぜこんな気持ちになるんだろう…。「再放送で見てガッカリした」「今見ると面白くなかった」「今見るとさほどのめり込めなかった」ドラマも多いけど、この「プロハンター」に関しては毎回、最終回を見ると同じ気持ちに襲われます。おそらくこのドラマの世界観、そして竜崎&水原の2人は、私の中では「永遠の憧れ」なのかもしれません。

 しかし再放送まで見終わった後のこの脱力感は「なんだっちゅーんだ」という感じ。当分「プロハンター・ロス」は続きそうです。


# by stakec68 | 2018-11-06 00:04 | テレビ、芸能
2018年 09月 15日

「第2の故郷」に平穏を、大好きだった人たちの無事を祈る

 もう2週間近く前のことになるけど、朝家を出る前に時間を確認するために何気なくテレビをつけました。どこも同じ情報ばかり垂れ流すワイドショーしかやってないので、別に番組自体は真剣に見る気はありませんでした。そんな中画面に映し出されたのは、山が崩れて家が押しつぶされた光景、道路が土砂に埋まってる景色等。その前の日に関西に台風が直撃したので、私はてっきり関西の台風被害に関する情報が流れているものと思っていました。ところがよく見ると「震度7の地震」云々。えっ? 関西の台風被害だけでも十分「大変なこと」なのに、それから一夜明けたら今度は地震? いや、日本は一体、どうなってるんだ?

 だけど次の瞬間さらなる衝撃。「えっ、北海道?」。もちろん、どこであろうと災害は痛ましく、悲しいけど「自分にとって身近な場所」での災害ということになると、その衝撃は数倍、数十倍、数百倍になる。何度も書いてきた通り、1990年に初めての本格的な「放浪」に行って以来、私にとって愛着のある場所。その後1995~1997年まで約2年間、仕事の関係で住んでいたけど、その時にさらに私の「北海道好き」は加速したし。2001年に訳あって地元に帰ってきたけど、冬の積雪と道路の凍結の恐怖さえなければ、実は北海道に引っ越して永住したいとすら願っていたし。2008年と2012年にも「放浪」で訪れて「必ずまた、いつか訪れたい」と思っていたし。今でも「老後」は北海道に移住したいと思っているし…。いや、それだけじゃない、「放浪」で出会った人たち、仕事の関係で実際に住んでいた頃に出会った人たちも皆、いい人たちばかり。今では連絡を取り合っている人などはいないけど、私の思い出の中でいつまでも愛着のある人たち、絶対に忘れられない人たちも大勢いる。自分にとって「最もよかった時代」を過ごした場所。自分の故郷=地元の次に、いや、ひょっとすると地元以上に大好きな場所、忘れ得ぬ人たちがいる場所・・・・。

 そんな場所を襲った惨劇。多くの犠牲者が出た震源の街は一度も訪れたことがないけど、地震から数時間、ほぼ全道で停電したとか、札幌などの街中でも道路が液状化したとか聞くと心が痛む。同時に今は連絡すら取り合っていない人たち、あの人、この人、あの時出会った人、お世話になった人、大好きだった人、好きではなかったけど忘れられない人・・・、あの人たちは無事なのか? 心細い想いはしていないか? 地震当日は自分自身も仕事が忙しく、人のことを構ってられないくらいだったにもかかわらず、気になってソワソワした気分で過ごしました。もちろん、今までの地震や台風、大雨などの自然災害のニュースを聞くたびに、辛い気持ちになっていたものだけど、今回は「自分の地元以上に愛着のある場所」「大好きな人達の多くと出会った場所」に起こった災害、そのショックは数百倍大きいです。

 前からいろいろ書いてきた通り、私は小学生の頃から「奉仕の精神」が著しく欠けた性格。「人の役に立ちたい」とか「人のために何かしたい」気持ちがほぼゼロといってもよい。そんな私が「何かしなければ」と生まれて初めて思いました。自分の生活を投げ出して現地に向かってボランティア等、何かするというのは非現実的だし、大病して以降、体に「爆弾」を抱えた私になんて何もできない。せめてどこかに募金したい、そう思っています。そのことを母に話したら、私の「奉仕の精神ゼロ」な性格を知っているだけに、本気でビックリされてしまいました。お世話になったあの人、この人の無事を祈ります。そして「第2の故郷」に一刻も早く、平穏が訪れて欲しい、本気でそう願っています。


# by stakec68 | 2018-09-15 00:58 | 社会